粉川哲夫の「雑日記」

Polymorphous Space
「シネマノート」
ラジオアート
送信機・テクノロジー・本ほか
「ツイッチャン」
最初の「雑日記」(1999年)
全目次 (1999〜2020)


新年のなりゆき (2020/01/03)

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儀礼や慣習を無視して生きていても、新年は、仕切り直しにいいチャンスだと思い、年の変わり目にやることを年末からあれこれ考えていた。この「雑日記」の新春第1回では、黄色いヴェストとストライキのことを書こう・・・。が、所詮は、なりゆきでしか生きられないので、そんな計画はたちまちどこかにすっとんでしまった。

きっかけは、ゴーン氏の脱出のニュースではない。31日に届いた1通のメールである。メキシコのFerというひとから、明らかにスマホからのメールで、わたしがデザインしたThe simplest FM radio transmitterを完成したので、つぎにThe simplest TV transmitter をつくりたいのだが、送信機の写真を送ってくれないかというのだった。

そこには、「電子回路の組み立てるのははじめてだし、回路のことが全然わからない」、「一体、同軸ケーブルってなんでしょうか、バッテリーはどうやってつなぐんですか」と書いてあり、一瞬、わたしは唖然とした。しかし、テレビ送信機を作る理由として、「ここメキシコではわたしたちの社会が壊れてしまっています。しかし、創造性とアートがそれを再構築するのを助けると信じます。たがいに信じあい、コミュニティのなかで社会をスタートできると思うのです」とあり、高邁(こうまい)な決断が書かれている。

昨年から、黄色のヴェスト運動がふたたり高揚するなかで、ラジオ局を立ち上げるので送信機の作りかたを知りたいといったメールが何通も届き、なるべくこまめに対応してきたが、その何パーセントが具体化したかどうかは、あやしいものだと思う。ものを作るには、実際の手仕事に耐える準備や条件が必要だ。わたしが発表しているマニュアルは、極力、 「修練」なるものを必要としないように説明しているが、それでも、指定通りの部品や道具がなければ、作るのは無理である。

Ferさんの場合、だからFMラジオ送信機のほうは作るのに成功したらしい。が、テレビの場合は、ちょっと事情がちがう。映像信号は音声信号ほど融通がきかない。それに、わたしがデザインした「もっとも簡単なTV送信機」というマニュアルは、映像送信のおもしろさを知る初歩体験をするためのもので、もしこの回路に実用性があるとすれば、ノイズだらけの(snowy)映像をつくって「アート」に使うというようなことしかできない。まあ、わたしはそれも面白いと思うし、そういう目的で作品を作ったアーティストもいる。 peter_goman_Fustigation _f_the_Heirophant しかし、コミュニティに映像を流す「テレビ局」を作るのには向かない。

Ferさんが考えているのは、かならずしも「コミュニティテレビ」ではなさそうだが、あえて至近距離しか飛ばない送信機にこだわっているわたしの考えをはたして理解しているのか? そもそもメキシコは、すでに80年代の時点で、海賊テレビの宝庫だった。メキシコには、グラフィティともちつもたれつの関係で海賊テレビが増殖した時期があった。そういうノウハウは30年たってもどこかに蓄積されているはずだ。

だから最初の返事でわたしは、そもそも「The simplest TV transmitter」を作っても、それを受信するためには、一時代まえの「アナログテレビ」がなければダメだということを書いた。また、事実上、せいぜい飛んでも100メートル四方ぐらいしかカバーできないということも知らせた。これまでの場合、この返事で失望し、以後連絡が途絶する。しかし、Ferさんは、そうではなかった。

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年が替って元旦となった時間に届いたメールには、製作に成功したラジオ送信機の写真といっしょに、「一時代まえの」テレビ受像機の写真が添付されているではないか! しかも、そのテレビは、この種の実験には理想的な手動で連続的にチャンネルを変えられる方式のものだった。初めてにしては半田の付け方もしっかりしており、これなら、テレビ送信機へのチャレンジはうまくいくだろう。

そこで、わたしは早速、Ferさんの質問に即した「マニュアル」を作り、メールで送ることにした。同軸ケーブルなどは、かならずしも必要ではないが、一応その説明をありあわせの画像を組み合わせて解説した。そして、ひとつの意外な事実を知らせた。それは、わたしがデザインした「最もシンプルなFMラジオ送信機」は、実は、入力信号を映像信号に替えると、旧式のテレビ受像機ならば、ちゃんと(でもないがとにかく)映像が映ってしまうということである。

しかし、このことは、実際に示して見せなければわからないから、わざわざその「セット」を組み立てて、写真に撮り、Ferさんだけのための「マニュアル」を作った。日本時間の1月1日はこの作業で終わった。

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右は同軸ケーブルを使った最簡単なアンテナ。左はアナログテレビ受像機。至近距離で送信し、うまくいったら距離をのばしていく。

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トランジスター1石の「ラジオ」送信機にビデオカメラをつなぎ、その映像が受像機に映っている。国によって方式が異なるNTSCもPALも関係ない。小さくてもとても「アナキー」(国境を無視した)な送信機なのだ。

この事実は、「進んだ」デジタル式のテレビが、映像の質の高さを求めることを代償にして、その融通無碍な「なりゆき」まかせの柔軟さを捨てているということのあかしでもある。

いま、メキシコでも、かつてのテレビのアナログ帯は、デジタル映像にとってかわられ、砂漠地帯になっているという。これは、世界的な現象であるが、この「砂漠」こそ、いまのラジオアーティストが活動する絶好の場所でもある。「旧い」システムを使うからといって、旧い、旧態然としたことをやるわけではない。それを逆手にとって新しく、面白いことが出来るのだ。

今回、たまたま、1通のメールで久しぶりに「自由テレビ」の実験をすることになったが、これを機会に、今年は、ラジオよりもアナログ帯でのテレビ送信でなにかあたらしいことをやってみようかという気になった。が、「計画」には生きない発作主義のわたしのことだから、いつまで続くかはわからない。

(2020/01/03)