粉川哲夫の「雑日記」

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2024/11/02

米大統領選の「予測」 「予測」よりも「予想」

トランプのスキャンダラスな扇動で振り回されてきた米国大統領選挙も、あと数日後で「ひとつの」決着がつく。トランプ自身は、すでに敗北の可能性を認めず、「J6」のような暴動の扇動も辞さない、いや新たな「南北戦争」だと言わんばかりの暗示を機会あるごとにふれ回っているが、どうなるにせよ、「ひとつの」区切りが出来ることは確かである。

じゃあ、11月5日の投票の結果でどちらが勝つのか? ドナルド・J・トランプか、カマラ・ハリスか? 一般投票ではハリスが勝つことは確実だが、アメリカには「選挙人制度」というわかりにくい制度(日本の「比例代表制」もそうだが)があり、一般票で勝っても、大統領になれるわけではない。

わたしの予想では、最終的には、47代目のアメリカ大統領は、カマラ・ハリスだと思う。理由は、まえにも書いた言い方を継承すれば、「コンビニ・テイスト」を満たしているからである。

トランプがダメなのは、彼は、時代遅れの「香具師」的センスで売っているからだ。彼には、ハリスの持つ「身代わりの速さ」(身体の無と有とのあいだの複製的振幅の速さ)がない。社会の動向の根底にある《身体性》がすでに70年代以来変化し、いま、それがようやく選挙でも現象するようになったという状況認識からだ。

社会の変動を身体性から見る

社会的身体(個々人の、社会への身体のさらし方)に関し、トランプは、まだ「肉体」(ふるい身体)に執着しているのに対して、ハリスは「ヴァーチャル」身体、「フレームのなかの身体」に徹している。そして、社会は、前者よりも後者の方に共感を持つようになっている。

ふるい身体性にこだわるかぎり、そのリアリティを維持するためには、メディアがはめた「フレーム」の外側で補完的なアクションをおこさなければならない。トランプのメディア露出のリアリティは、ライブ集会との参照関係で補完されている。トランプがディベイトでカマラ・ハリスに敗けたのは、放送が観客のいないスタジオ内だったからであり、彼の「香具師的」ディスクールを駆使できなかったからである。トランプには、発作的な思いつきやハッタリの「香具師的」な発言と表現しかできない。

身体性は、意識面での表出を2次的なものとする。肉に蓄積された、なんらか「自然」や「物」と親密な関係を持つ要素に左右される。トランプが票を押さえることができるのは、意識・知識ではほとんで動かない有権者であり、州である。日々報道されるトランプの「虚言」やスキャンダルには無知か、そういうことは頓着しない頑迷な人々と、人口の少ない、非都市的な巨大州である。

巨大州には、住人の意志では動かせない巨大産業(石油、石炭、ガス、大農業など)、がある。こういう州では、トランプがスキャンダルを起こそうが、カマラ・ハリスがディベイトでトランプを圧倒しようが、選挙結果に変動はない。

アメリカの選挙制度は、「生身」志向の身体性にもとづいて構築され、今日にいたるまでその形式を変えてはいない。おもてむき、サイズの異なる各州が人口の多い大都市のある州と「同等」の権利を持てるように作ったという選挙人制度だが、どのみち制度は支配に好都合に出来るのであって、実際には、白人有権者だけが優位を持てるようなシステムである。

要するに、アメリカの大統領選挙は、変動のとぼしい巨大州の投票動向をいかに変化させないかという党と、変動しやすい都市志向の州をいかに大きく変動させるかという党との戦いである。

ある保守論者が、「左翼」は変化はなんでも歓迎すると言って、その「軽薄」さと「無責任」を冷笑したが、これは、単に意識の気変わり面を批判したにすぎない。社会は、意識の変化だけでは変わらない。身体面での変化が問題なのだ。もし、いま「右翼」「左翼」という区別をするのなら、「右翼」は失われつつある「肉体」に執着し、「左翼」は、脱「肉体」――亢進中なのでまだ的確な用語が定まらない――を求める、とでも言うべきだろう。

トランプの「肉体」性

2016年の選挙の前後から、2020年、そして2024年と、毎回おなじようなことを書いてきたような気がする。しかし、この9年間のあいだに、カーター(就任期間:1977−1981年)とレーガン(1981−1989年)から浮き出てきた動向が、いくところまで行き、つぎの様相が見えるようになった。

カーターは、ニクソン(1969−1974年)の「肉体」政治にメディア的アンチをつきつけたが、レーガンは、その動向を抑え込み、おもてむきだけ「肉体」政治を復活させた。が、俳優=レーガンの政治の背後では、デジタルテクノロジーに依存する脱肉体志向の動向が社会を動かしつつあった。そして、この動向は、クリントン(1993−2001年)とオバマ(2009−2017年)によってもはや動かしがたいものになった。そのあいだのブッシュ息子(2001−2009年)が、「911」というまさに「肉体」の大量破壊という出来事を経験するのも象徴的である。

トランプは、レーガンを尊敬しているそうだが、彼の「MAGA」とは、実は、「アメリカをもう一度偉大にする」のではなくて、「肉体志向の身体性をもう一度偉大にする」である。が、トランプ自身は、「偉大」な「肉体」経験はとぼしい。たかがリアリティTVや格闘技への出演程度である。彼は、旧twitter、その後は自社のTruth Social への耽溺(代理が書いているとしても)を見ると、むしろ「脱肉体志向」のひとである。彼は、無理をして「肉体派」を装っているにすぎない。ならば、当然、彼の「香具師」性もニワカである。

その意味では、最近、「当選大統領の予言博士」のアラン・リックマン (Allan Lichtman) が、「トランプにはカリスマ性はない」と言ったのは、興味深い。これは、彼が提起する「13の判定キー」の12番(「現支配政党の候補がカリスマ的ないしは国民的ヒーローか」)と13番(「対抗政党の候補がカリスマ的ないしは国民的ヒーローか」)に関係する意見である。彼は、トランプが単なるショウマンにすぎないと言っているが、リックマンは、トランプが「肉体派」としても「脱肉体派」としてもニワカであること、そして、今日の「カリスマ」性が、もはや「肉体」の存在感のようなものに依存するものではなくなってきていることを察知しているはずだ。

カリスマ性は、いつの時代にも同じではない。同時代のテクノロジーや社会環境で変化する。身体が示す特定の様態である。トランプは、半分同時代のメディアテクノロジーに依存しながら、自己の身体性に関してはふるいテクノロジーにどっぷりつかっているので、同時代のカリスマ性は出すことができない。

そもそも、トランプは、「名演説」はしたことがなく、とりわけ最近は、ボヤキと念仏調である。彼が嘘を言いはじめるときには両手がアコーデオンの身ぶりになるのは有名で、そのパロディ映像もあるが、オバマがトランプに言及し、両手をその身ぶりにしたとたんに会場が爆笑に包まれた。→参考① 参考② 参考③

「予測」から「査定」へ

アラン・リックマンについては、2016年にも、また2020年にも、大統領選挙のあるたびに言及したが、1989年以降、10回のうち9回の選挙結果を当てたということばかりが喧伝され、近年は、「困ったときのリックマン」「選挙のノストラダムス」との異名をもつほどになったので、わたしは、あまり真剣に彼の判定に注意を向けてこなかった。しかし、昨日、彼が 自己のYouTubeチャンネルで、息子のサミー・リックマン (Sammy Lichtman ) と予測の経緯をたどりなおし、選挙人チャートを決定するのを見聞し、彼の論敵が言うような「恣意的な予測」などではないことがわかった。

◆リックマンの査定選挙人数:民主党302、共和党236◆

映像のなかで、彼は、「予測」(prediction) ではなく「査定」(assesment) をしているのだと述べたが、これは、「恣意的」な勘ではなく、周到な分析と解釈にもとづくをしているという意味である。いまや伝説化している、ロシアの地球物理学者のウラジミール・ケイリス=ボロック (Vladimir Keilis-Borok, 1921-2013) と出会って、彼の地震予知理論を歴史学に取り入れた――という「伝説」は、13のキーリストを見るだけでは、実感がわかない。が、リストは、リクトマンの解釈の目次のようなもので、彼の方法には、アナールの歴史学などの成果も取り入れられているはずだ。

リックマンによると、世論調査はあてにならない、「世論調査員に回答しない有権者もおり、彼らは嘘をつくかもしれない」 「重要なのは選挙運動の日々の出来事ではなく、政権を握った政党の長期的な実績と強さだ」(『Brandeis』のインタヴュー)と言う。これは、アナール史家の「長持続の歴史」への注目に似ている。それは、統計学的な長期のデータの分析ではない。

たとえば日々の食事スタイルの些細な変化が、疫病、自然災害、輸送、そして風評や信仰等々とからみあいながら起こり、それが単に食事の世界においてだけでなく、社会の動向ともリンクしていることを発見するような方法である。これまでの分析は、歴史にかぎらず、過去に起こったことをできるだけ多く集め、そのなかに同一項を見出し、それが再現されるといった予定調和に立脚してきた。このような方法は、現在でも、依然として使われている。

538』(Five Thirty Eight)

地震予知

これまでの地震予知は、過去の地震データを出来るだけ大量に集め、そこから類似の可能性を引き出すという方法であるが、コンピュータのデータ処理能力が高度化しているにもかかわらず、地震の予知能力は上がっていない。が、村井俊治が開発し、現在は JESEA、株式会社地震科学探査機構として事業化されている「MEGA地震予測」は、(1)地殻の変動(2)低周波音の発生(3)低周波の電波の発生(4)電離層の乱れ、の現象変化に注目し、成果を上げているという。

(1)〜(4)の変化は、むろん、長期的な流れを押さえていなければわからないわけだが、現在のミクロな変動に注目する点は、アナールに始まる新しい歴史学や、アラン・リックマンの方法につながるものがある。「MEGA地震予測」が、リックマンが影響を受けたウラジミール・ケイリス=ボロックと関係があるのかどうかは知らないのだが、「予測」に関する観念と方法が、根本的に変わってきていることを示唆する。

レイチェル・バイトコファーの危惧

先週、マサチュウセッツの「ヴァリ−・フリーラジオ」(Valley Free Radio) 出身のデイヴィッド・パックマン (David Packman) のYouTubeショウで、レイチェル・バイトコファー (Rachel Bitecofer)へのインタヴューを見た。バイトコファーは、最初の著書 『前例のない2016年大統領選挙』(The Unprecedented 2016 Presidential Election, 2017) でトランプの出現をまさに「前例のない」視点と方法論で解明し、さらに、2018年の中間選挙で「ブルーウェーブ」化現象を予見し、そして2020年のバイデン民主党政権の出現をはやばやと予測した政治学者である。

最近は、予測よりも民主党よりの「ストラテジスト」に活動のウエイトを置いており、自己の「X」サイトで、くりかえしトランプ批判を書き、ハリス支持を表明している。パックマン・ショウでは、ハリスの勝利を明言することはひかえたが、大統領選と同日に行われる下院 ( US House)と上院 (US Senate)の選挙動向への自信のある示唆が面白かった。

バイトコファーは、ある意味、大統領が誰になるかよりも、下院と上院でどちらの党が力を持つかが重要だと考えている。その意味で、彼女は、共和党内「極右」の圧力で解任に追い込まれたケヴィン・マッカーシーの後任となった下院議長のマイク・ジョンソンの危険性を示唆する。この男は、トランプ以上に寝技師であり、2020年のトランプの敗北を認めない抗弁でもたくみに逃げ切る(→参考映像 " 'Nope, nope': Tapper pushes back on Johnson's defense of Trump " )。

だから彼女は、バイデンのドロップアウトという「7月サプライズ」が起こるまえには、非常に悲観的な見解を表明していた。

2024年は、皆さんが望むと望まざるとにかかわらず、「ゲーム」の終わりです。トランプを倒せば、アメリカの民主主義はこの混乱を切り抜けられるでしょう。負ければゲームオーバーです。個人的には、トランプ始新世 (Trumpocene) に備えています。

共和党の過激主義によって私たちが存亡の危機に直面していることを有権者に知ってもらいたい。
(2023年11月15日付『salon』)

しかし、いまは違う。今回の選挙のように、途中で大統領候補が交代し、有色の女性候補が新たに立つといった前例は大統領選挙歴史上なかったと、バイトコファーは考える。『Newsweek』の9/30号では、それは、彼女にとっての早めの「オクトーバー・サプライズ」であったと語っている。

このサイクルがどうなるか、そして8週間前にバイデン氏からハリス氏に交代したときに私が予想していた状況から、このサイクルを揺るがすようなことは想像できない。

何カ月もの間、トランプが優勢だったが、交代以来、それが逆転し、ハリスが着実に優勢になっている」「今のような停滞状態、つまりハリス氏が優勢な状況は、今後も続くと予想される。1カ月以内に第3次世界大戦が勃発する可能性もあるが、私はそうは思わない。

政治レッスン

わたし自身の勝手な思いでは、トランプが大統領になるが、下院上院では民主党が優位を占めるという状況、つまりは大統領にはなるが「レイムダック」 (lame duck) 状態(実行力を持たない状態)にトランプがなる状況のほうが、アメリカ国民のためになると思っている。彼や彼女らは、そこから国家の欺瞞や政治批判の方法を学ぶであろうからである。

いずれにしても、ハリスが勝つにせよ、トランプが勝つにせよ、共和党は分裂の危機に陥るだろう。その行く末もまた面白く、2025年以後も、アメリカ政治から目が話せないだろう。わたしは、もうそんなことにかまってはいられないのだが。ハハハ。