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一九八六年度ベストテン

 毎度のことながら、「ベスト・テン」には頭を悩まされる。わたし自身の映画の見方からすれば最低三種類ぐらいの「ベスト・テン」がほしい。①スタイル②社会的含蓄③観客の反応といったぐあいにだ。が、現実には、「ベスト・テン」は一種なので、その十のランクのなかにこうした質的差異を散らばらせることになる。
 今回は、八六年度に日本で一般公開された映画のうち、スタイルの面と今日的なアクチャリティの面とから別々にリスト・アップし、それを最後にそれぞれ五点ずつにしぼった。結果としてスタイルに力点の置かれているものが上位を占めることになったのは、わたしが〈内容〉よりも〈スタイル〉を重視するからである。
「ベスト・テン」にあげた作品についてはすでに映画評(シネマ・ペダゴジー参照)を書いているのでここでは、「ベスト・テン」からもれてしまった作品について言及しておきたい。
 ジム・ジャームッシュの『ダウン・バイ・ロー』は、すぐれた映画であり、わたし自身としても好きな作品の一つだが、『パーマネント・バケーション』や『ストレンジャー・ザン・パラダイス』では、予算の都合や技術的な〈未熟さ〉から逆説的に生じていたユニークさが意識的なスタイルとなりはじめていることに若干疑問を感じ、「ベスト・テン」のわくからはずした。
 海外で見たため除外したものもある。フェレーリの『未来は女のものである』はすばらしい。セイルズの『ブラザー・フロム・アナザー・プラネット』は、『スコーカス・セブン』よりはるかにいい。後者にみなぎる?枕カ翼ナルシシズム?誤植〉ヘ一つの時代の文化としてはおもしろいとしても、それをああいう形で見せられるのはいやだった。同じ左翼ナルシシズムなら、アンゲロプロスの『シテール島への船出』ぐらいに過激になってもらいたい。過激といっても、これは歴史的時間のとらえ方の点で過激なのだが。
 スコセッシの『アフター・アワーズ』Aリチャードソンの『ホテル・ニューハンプシャー』、バベンコの『蜘蛛女のキス』、ムーラーの『山の焚火』はいずれも「ベスト・テン」に入るべき作品である。
 ジョン・ウォーターズの悪名高き『フィーメル・トラブル』、噬|リエステル』、噬fスペレート・リビング』が公開され、『ピンク・フラミンゴ』も晴れてボカシ付で良家の子女のまえに姿を現わした。ウォーターズの映画のもつ社会的な〈ナ?誤植〉ノくらべたらビートたけしの悪ガキぶりなど問題にならないと思うが、前者は名画座とヴィデオのカプセルのなかにおとなしくおさめられ、後者の子供じみた脱線ぶりに喝采が送られるというのがこの国の現状なのである。
『チューズ・ミー』、噬Iールド・イナフ』、噬tァンダンゴ』、噬}リリンとアインシュタイン』、噬Kルボトーク』、囀V使の失踪』、噬潟買@プールから手紙』、スコットランドの高地を舞台にしたイギリス映画『グレゴリーズ ガール』、マーティン・ベルの『子供たちをよろしく』は、それぞれ印象に残った作品だった。
 大いに楽しみ、すぐにその印象が去って行った愛すべき作品としては、『ビバリーヒルズ・バム』、噬Vョート・サーキット』、噬潟塔N』をあげたい。いま考えるに、この三つにはある種の共通点がある。それは、俳優たちが既成のイメージをこわしている点だ。タフ・ガイであることをやめたニック・ノルティ、アメリカ系のインド人になりきってしまったフィッシャー・スティーヴンス、もったいぶって出てきたがあっさりゴリラに殺されてしまうあのテレンス・スタンプ。
 見たいと思いながらも見すごした作品も多かった。とくに、 '86イタリア映画祭で上映されたもののうち、ジョゼッペ・トルナトーレの『”教授“と呼ばれた男』を見られなかったのは全く残念だった。再公開を切望している。クロード・ベリの『チャオ・パンタン』も見すごした。
「ワースト・ファイブ」については、たぶん他の論者が全く逆の観点から論じると思うので省略する。「ワースト・ファイブ」ではなく「ワースト・テン」ならば、『tール・フォー・ラブ』A『愛と哀しみの果て』、噬U・リバー』も是非加えたい。
[ダウン・バイ・ロー]監督・脚本=ジム・ジャームッシュ/出演=ジョン・ルーリー、トム・ウェイツ他/86年西独・米[未来は女のものである]監督=マルコ・フェレーリ/脚本=マルコ・フェレーリ、ダシア・マライーニ他/出演=オルネラ・ムーティ、ハンナ・シグラ他/84年伊・仏・西独[ブラザー・フロム・アナザー・プラネット]監督・脚本=ジョン・セイルズ/出演=ジョー・モートン、ダリル・エドワーズ他/84年米[シテール島への船出]前出[アフター・アワーズ]監督=マーティン・スコセッシ/脚本=ジョセフ・ミニオン/出演=グリフィン・ダン、ロザンナ・アークエット他/85年米[ホテル・ニューハンプシャー]監督・脚本=トニー・リチャードソン/出演=ジョディ・フォスター、ロブ・ロウ他/84年米[蜘蛛女のキス]監督=ヘクトール・バベンコ/脚本=レナード・シュレイダー/出演=ウィリアム・ハート、ラウル・ジュリア他/85年米・ブラジル[山の焚火]監督・脚本=フレディ・M・ムーラー/出演=トーマス・ノック、ヨハンナ・リーア他/85年スイス[チューズ・ミー]監督=アラン・ルドルフ/脚本=アラン・ルドルフ、クリス・ブラックウェル/出演=ジュヌビエーブ・ビジョルド、キース・キャラダイン他/84年米[オールド・イナフ]前出[ファンダンゴ]前出[マリリンとアインシュタイン]前出[ガルボトーク]前出[天使の失踪]前出[リヴァプールから手紙]                                  [グレゴリーズ ガール]監督・脚本=ビル・フォーサイス/出演=ディー・ヘプバーン、クレア・ローガン他/80年英[子供たちをよろしく]前出[ビバリーヒルズ・バム]前出[ショート・サーキット]前出[リンク]監督=リチャード・フランクリン/脚本=エベレット・デ・ロッシュ/出演=エリザベス・シュー、テレンス・スタンプ他/85年英[フール・フォア・ラブ]監督=ロバート・アルトマン/脚本=サム・シェパード/出演=サム・シェパード、キム・ベイシンガー他/85年米[愛と哀しみの果て]前出[ザ・リバー]前出◎86/12/15『映画芸術』




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