105

ジョン・ウォーターズ

 ジョン・ウォーターズの映画を見ると、わたしはいつもアット・ホームな気持になってしまう。ミドル・クラス的生活への悪党、学校、教会、警察といった制度や権力へのむき出しの憎悪、うさんくさい街や人々への限りない愛——これは、決してハリウッド映画ではお目にかかれないものだ。
 一九七二年に『ピンク・フラミンゴ』が封切られたとき、その〈悪趣味〉とうさんくささがスキャンダルを起こしたが、その過激な破壊力は、崩壊しつつあったアメリカのミドル・クラス的モラルと文化にとって否定しがたい説得力をもった。時はすでにおつにすました格式だらけの生活から、大道芸人、浮浪者、ゲイ、フェミニスト、エスニックといったマイノリティのサブ・カルチャーの復権の時代になっていた。
 ウォーターズの映像には、〈映画〉というよりも〈活動写真〉と言うほうがふさわしい素朴さと身近さがある。その感触は、いうなれば、散乱するボロ屑や臭いをはなつ汚物、腐った食物や死骸、体液にまみれた性器や内臓のあいだをはいずりまわるようなところまでエスカレイトする。これはアンディ・ウォーホルやジャック・スミスに通じるパフォーマンス的な要素であり、ウォーターズを単なるスキャンダラスな映画作家から区別している。
 セックスが主テーマになっているように見えながら、ウォーターズの映画でより重要なのは、家族とか仲間の関係についての問題である。既存の性道徳、宗教、家族的関係、血縁などによりかかった人間関係は、ウォーターズの世界では全部疑問に付されてしまう。
『ピンク・フラミンゴ』に登場するトレーラー生活者は、アメリカでは決して特異な存在ではない。アメリカ全土に無数のトレーラー・ジプシーが半定住の生活をしている。しかし、その多くは依然として血縁的な家族であるのに対して、『ピンク・フラミンゴ』のディヴァイン一家は、そうした血縁的な家族関係とは無縁の集団である。彼や彼女らは、自分たちが最下層の人間であるということで結びついている。
『フィーメル・トラブル』でも、ミドル・クラス的な親子関係、夫婦関係は完全にぶちこわされる。クリスマス・プレゼントを交換するまえに父、母、娘(ディヴァイン)が聖歌を歌うグロテスクなシーンは圧巻だ。すでにこのシーンで、通常の意味での家庭はこわされている。
 そんな家を飛び出した娘が強姦され、一人の娘の母親になるというのも皮肉だ。その娘のにくたらしさ、絶望的な母子関係は、今日のアメリカでは深刻な問題である。
『デスペレート・リビング』では、はじめから妻は狂っている。彼女は被害妄想に陥っており、夫がやさしく彼女に触れようとすると、「触らないで! 触られたら体が腐ってしまう」とわめきちらす。彼女と黒人のメイドが夫を殺してしまった後、たどり着くモートビルという町は、一種の逆ユートピアだ。そこでは、核家族よりもレズビアンのカップルがノーマルであり、この妻もかつてのメイドとレズビアンになる。
 しかし、モートビルは、その一見モザイク状のアナーキーな社会に見え、その実、ファシスト的な女王の独裁下にある。彼女は、若いマチョ・タイプの男を従え、セックスに明けくれ、気まぐれに住民をおびやかす。一日中服を逆さに着、道路をあとずさりして歩かなければならない。
 この映画は、しかし、製作された時代を反映するかのように、非常にラディカルな結末で終わる。この時代にアメリカでは、ニクソンがウォーターゲート事件で倒れるが、モートビルの女王は、最後に、レズビアンの一隊に襲撃され、丸焼きにされ、住民の解放の祝いに供される。独裁は崩壊する。
『ポリエステル』では、妻をただの家政婦としてしか扱わない横暴な夫、ドラッグに狂い、街で女性の足を踏みつけるのを趣味にしている息子、パンクの男に狂い、家に寄りつかない未成年の娘が登場し、〈善良〉な母親を苦しめる。彼女の夫は、ポルノ館の経営者でもあり、家の外では〈ポルノ反対〉のプラカードをかかげた住人たちが罵声をあげており、彼女は、内からも外からも苦しめられる。
 この母親を演じるのは、ジョン・ウォーターズの映画では欠かすことのできない怪優ディヴァインだが、その三百ポンドの巨体で〈けなげな〉女を演じるとき、かつてハリウッド映画でバラ色に描かれたアメリカ家族はどうしようもなく終わっているという感じを深くする。
 最終的に横暴な夫は別の女と出ていき、息子は少年院で更正し、娘も母への反抗をやめるのだが、そのときディヴァインが息子と娘に向かって何げなく言うセリフが意味深長だ。彼女は「これで正常なアメリカン・ファミリーにもどれたわね」と言うのである。たしかに、アメリカでは七〇年代を通じて父、母、子の核家族よりも母と子、父と子から成る片親家族がむしろ通常であるかのような傾向が強まり、それがいまも続いている。アメリカ社会を下側から異化し続けるジョン・ウォーターズの映画をまとめて見られるのは貴重なことだと思う。
●監督・脚本=ジョン・ウォーターズ[ピンク・フラミンゴ]前出[フィメール・トラブル]出演=ディヴァイン、デイヴィッド・ロチャリー他/73年米[デスペレート・リビング]出演=リズ・レネー、ミンク・ストール他/76年米[ポリエステル]出演=ディヴァイン、タブ・ハンター他/81年米◎86/ 6/ 3『ビデオコレクション』




次ページ        シネマ・ポリティカ