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スティーヴン・スピルバーグ

 ロバート・アルトマンがどんな映画を撮ってもどこかに六〇年代の影がつきまとっているように、スティーヴン・スピルバーグはつねにアメリカの七〇年代をひきずっている。
 ニュー・レフトが凋落したあとのシラケ文化、六〇年代のカウンター・カルチャーがエレクトロニクスと結びつき、〈スモール・イズ・ビューティフル〉の制度化された〈マイナー〉主義、フェミニズムの台頭とともにアメリカに定着しはじめた片親家族、原理的にはアンドロイドをつくることができる遺伝子工学とコンピューター・テクノロジーの発達……がほとんど屈折することなくスピルバーグ映画のなかに入り込んでいる。
 その意味では、彼の日本でのデビュー作となった『激突!』(一九七一)にも、文字通り、六〇年代への訣別と七〇年代への予感が発見できる。強いものに個人が独力で立ち向かうという構図はアメリカ映画ではすでになじみのものだが、実のところ、『激突!』の主人公デイヴィッド・マン(何と〈無内容〉な名だろう!)は四十トンのタンクローリーに立ち向かうわけではない。彼は、ほとんど最後までイビられ続けるのであり、彼の勝利は、ほんの偶然といった印象が強い。崖っぷちに追いつめられた(そこへ誘導したようには見えない)デイヴィッドが、そのちっぽけなフォー・ドア・セダンから辛くも飛び出し、タンクローリーはセダンを追ってそのまま崖に落ちるという大詰は、デイヴィッドが「やった!」とばかりこおどりすればするほどひどく虚しい感じを与えるのである。
 崖に落ち、さかさになったタンクローリーの運転台にわずかに人間の腕らしいものが見えはするものの、終始〈主体〉が姿を現わさないその巨大なマシーンは、一面では、五〇〜六〇年代流のとらえ方をされた官僚組織の相貌を思わせもする。つまり、弱い個人には居丈高にふるまうが、公的な弱者には人道主義を披露するというパターンである。それは、さんざんデイヴィッドをイビッたあとで、彼にあてつけるかのように、たまたま車輪を泥道にとられていたスクール・バスをうしろからひと押しして助けるといったシーンによく現われている。しかし、このしたたかな巨大マシーンは、根性のある個人によって倒されるのではなく、自ら破滅するのである。これは、極めて七〇年代的なことだ。
 一九七三年の〈オイル・ショック〉は、六〇年代まで続いた文化的・社会的・経済的な一つの強力な流れを転換した。が、それは、〈オイル・ショック〉が天変地異のように起こったために変わった傾向ではない。すでにそれ以前から始まっていた変化に最終的な決着が付けられたのだ。だからこそ、『激突!』ではスピルバーグによってぐっと上層にもちあげられた諸現象が数年後には社会の主流になるのである。
 巨大なタンクローリー−−石油文明、公害、自動車文化、巨大なものの讃美−−の終焉、男性至上主義(マチズモ)と核家族の後退。これらすべては、すでに『激突!』のなかでスケッチされている。主人公デイヴィッドには妻と子供がいるが、妻との関係はあまりうまくいっていないようだ。子供は、彼を家父長的な父親として尊敬してはいないように見える。昔はそんなことはなかった。いまでも地方に行けば、アメリカではまだまだ日本より父親のイデアールな強さは相当なものだ。それは、『プレイス・イン・ザ・ハート』や『ザ・リバー』などからもうかがい知ることができる。これらと比較してもデニス・ウィーバーが演ずるデイヴィッドはサエない。
 スピルバーグが一九七四年に発表した『続・激突!カージャック』について、ジェイムズ・モナコは一九七九年の段階で、逃亡する囚人(ウィリアム・アザートン)の妻(ゴールディ・ホーン)は「夫よりも強いキャラクターであり、それはハリウッドの一般図式からすると依然としてまれである」(『Aメリカン・フィルム・ナウ』jと言っている。しかし、ホーンが演じたキャラクターは、たとえば『俺たちに明日はない』のボニーのようなマチズモからふっ切れていない女ではなくて、ある種フェミニスト的な〈自立〉のイメージを宿した女であるように思う。
 その点では『ジョーズ』(一九七五)の父親ブロディ(ロイ・シャイダー)は中間的な存在だ。彼は必ずしも弱い男というわけではない。が、『フレンチ・コネクション』(一九七一)や『ザ・セブン・アップス』(一九七三)の刑事役でもそうであったように、シャイダーの警察官としてのイメージは〈善良な公僕〉のそれである。誰でもその場に置かれればやるであろう程度の活躍をするにすぎない。それは、ジーン・ハックマンやリー・マービンのキャラクターとは根本的に違っている。特に強いわけでも、特に臆病なわけでもないブロディは、七〇年代に典型的な父親像ではないが、ここでは、タンクローリーが巨大な鮫という極度に強いイメージに代わった程度だけ人物の分も明確な性格づけを必要としなかったとも考えられる。家族や父親の典型的イメージを描くという点では、『ジョーズ』は必ずしも七〇年代的ではない。スピルバーグ自身はこの作品について、『続・激突!カージャック』の片手間に作った〈ただのシャーク・ムーヴィ〉だと言い切り、あまり積極的には語りたがらないが、たしかにここには、時代の鮮烈なイメージはそれほど投入されていない。
 ただし、『ジョーズ』が『激突!』とちがっている点は、この作品が単に同時代の家族や社会を描写するのではなく、ある一定の社会認識に立脚し、その社会の観客に向けて映画を作るという方向が明確になったことだろう。言いかえれば、『ジョーズ』は、結果的に、マチズモの砦にたてこもることのできなくなった父親、夫と別居したか離婚した母親、父親か母親と二人っきりで暮らしている子供−−こうした七〇年代の〈新人類〉に向けて作られることになった。
 だから、『レイダース・失われたアーク《聖櫃》』i一九八一)と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』(一九八四)のハリソン・フォードのキャラクターも、それ自体としては〈強い〉、麻Zックス・アッピールのある〉ハリウッド映画の典型的キャラクターのように見えながら、その実、はじめから空想的な物語の主人公として〈現実〉からシールドされている。スピルバーグは、これらの作品に至って〈たくましい男〉と〈セクシーな女〉の路線に転向したのではなくて、たくましくもなく、セクシーでもない大人と、そうした両親とは遠くへだてられている子供たちが、つかのまこの世のウサを忘れることができるような忘却装置を提供しようとしているのだ。その意味では、これらの作品は、七〇年代以前の映画機能への後退であるとも言える。というのも、『レイダース』と『インディ・ジョーンズ』は、その映像のハンググライダー的なスピード感とウォークマン的な音響効果によって観客を一種のドラッグ的な陶酔に導くからである。両作品は、いわば、七〇年代のドラッグであり、六〇年代のドラッグ・カルチャーを別のテクノロジーによって引きつぎ、大衆化しているのである。
 アメリカの商業映画は、一般に、ドラッグ的な陶酔かあるいは教育的な同化を主要機能とする傾向がある。陶酔させる方法は、俳優のオーラルな技術からSFXまでさまざまだとしても、いずれの場合にも、その時代の解決不能の諸問題をしばし忘れさせることに意を用いる。他方、教育的な同化の方法は、依然として〈リアリズム〉である。どこにでもいそうな、あなたがその一人であってもよいような男や女が登場し、誰でもが何らかの形で直面している問題で苦悩したり、成長したりする。厳密にはそこに登場する男や女、家庭や職場はつくりものなのだが、いつのまにかあなたはそれらに同化させられる。
『未知との遭遇』(一九七七)と『E?MT?M』(一九八二)は、こうしたアメリカ映画の二大機能をたくみに統合しており、これらが爆発的にヒットしたのもそのためだ。『未知との遭遇』には、UFOを目撃したことから一家の父親としての地位を次第に失ってゆく人物、つまりはダメ親父になる男(リチャード・ドレイファス)が登場する。彼は、確実に『激突!』のデイヴィッドの直系である。このロイ・ニアリーは、テレパシーで無意識にインプットされた台形の山にとりつかれ、職を失うに至る。会社にも行かず家で自室にとじこもってその山の模型作りに熱中する彼に対して、妻や子供は敗残者のイメージしか見ない。が、もし、映画に関して、その〈外側〉の〈現実〉というものを語る超越論的違反が許されるとすれば、このストーリーの順序は逆転されなければならないだろう。つまり、ロイはUFOを見たために会社や家庭から落ちこぼれたのではなくて、まずはじめに落ちこぼれ、そこから自分を救うためにUFOを〈発明〉したのである。UFOの出現は、七〇年代の〈新人類〉にとってのセラピーであり、まだ彼や彼女らを公認しない時代のなかで生きのびるための必要条件だった。
『未知との遭遇』には、家庭からはじき出されるロイとは別に、UFOから同じテレパシーを語りかけられている母子がいる。この親子は、ロイと別れた彼の妻と子供がつくるであろう片親家族であり、七〇年代以降アメリカで一般化する家族形態である。ちなみに一九八四年の統計によると、アメリカの全家庭のうち約二〇パーセントが母子家庭、四パーセントが父子家庭である(日本の場合は、母子家庭が二パーセント、父子家庭が〇・五パーセント程度である)。おもしろいことに、従来の家族観にどっぷりつかっているロイの妻と子供たちはUFOのテレパシーを全然感ぜず、母子家族のジリアン(メリンダ・ディロン)とバリー(ケイリー・グッフィ)にはUFOからサインが届くのである。UFOは、いわば七〇年代の〈新人類〉へのプレゼントであった。
『E?MT?M』の場合も同じことが言える。E・Tとはじめて出会う地球人は十歳のエリオット(ヘンリー・トーマス)だが、彼の家は、父が他の女性のもとに出て行った母子家庭だ。父が家庭を去って間もないために少年は淋しくてたまらない。父が残していったTシャツをガレージで見つけてそのにおいをかぐ。手口は見え見えだが、家族を捨てたことのある男や、父親をしたう子供に手をやいている母子家庭の母親を泣かせるシーンである。
 ここでも、まず存在するのは七〇年代の未解決の現実である。周囲を見まわしたときまだそれほど多くはない母子家庭で孤立意識をいだいている子供や、わり切れぬ意識をいだいている母親、そして何らかの加害者意識をいだいている男たちに〈夢〉を与えること。そんな〈夢〉は、真に効果的なものとしては、地球外から取ってくるしかない。不幸な被害者だと思っていた自分たちのところにE・Tがやってくる。実に安易な解決だとしても、それが説得力をもつならば、これほど効果的な解決方法はない。なぜなら、UFOやE・Tは、その存在を誰も証明できないが、同時に誰も否定し去ることのできないものだから。
 ただし、『未知との遭遇』は、単なる空想映画ではない。この映画の公開後、UFOについての観念は、〈事実報道〉のメディアでも一般化した。一九七九年一月十四日付の『ニューヨーク・タイムズ』には、CIAが一九四九年以来UFOの監視活動を行なってき、UFOの存在を確認していることを証明する文書が、情報公開法によって明らかにされたと報じている。情報公開を要求したのは五百名におよぶ科学者や技術者からなるグラウンド・ソーサー・ウォッチ(G・S・W)であり、このグループは以前からUFOの存在を科学的に証明するための調査を行なってきた。この記事のなかでG・S・Wの会長ウィリアム・スポールディングは、過去における「UFO飛来」に際しての米軍の対応を例示しながら、CIAがおさえている五十七点におよぶ「第三種(接近遭遇)の(情報)検索」の公開を要求すると言っている。そのなかには、一九五二年にクリーブランドのKYW・TVのカメラマンが撮影した五十枚近いUFO写真があり、これは一九五七年に米空軍が借り出してそのまま返却していないという。
『第三種接近遭遇』という原題をもつこの映画は、人間以外にも知的な生命体があるかもしれないという信念を大衆化するのに役立った。これは、新しいタイプの宗教である。六〇年代の新宗教では信仰の対象は依然として不可視だった。超越的なものの〈声〉や〈姿〉はときとして〈知覚〉されるかもしれないが、それが映像として実体化され、それへの〈接近〉が方向づけられることはなかった。もともと、信仰とは〈現にあるもの〉の限界、地平の認識行為である。その機能は両義的で、〈現にあるもの〉が有限だから現在に対して批判的に、〈つつましく〉生きるという方向と、有限だからこそ無窮に限界を踏み越えて進むという方向が同時に含まれる。スピルバーグやジョージ・ルーカスが新たにたきつけた宇宙への関心のなかにも、この二つの方向を見出すことができる。
 実際には、七〇年代末までに形成されたアメリカの〈宇宙文化〉は、この世の人間や〈アメリカ帝国主義〉に対するモデストな自省の方向においてよりも、のちのSDI〈スター・ウォーズ〉計画にみられるように新たな冒険と〈フロンティア〉開発のための領野へ向かってアメリカの政治と経済が邁進するのに好都合な条件を作ることに寄与した。これは、必ずしもスピルバーグの本意ではないだろう。
 彼の作品には、タンクローリー、鮫、E・Tといったようにそれ自身で判断能力をもった存在者が登場する。その際、タンクローリーや鮫は、〈現に存在する〉人間を否定し、破滅させる存在者として姿を現わし、E・Tは、人間よりもはるかに高度な文化をもった存在者として登場する。つまり、スピルバーグは、〈現にあるもの〉からの超越を二つの方向へ導く。一方に、タンクローリーや鮫がつくり出す〈現実〉よりましな現在があり、他方には、現在よりも夢多い宇宙の〈現実〉があるわけだ。こうした超越は、四〇〜五〇年代のアメリカの油ぎった攻撃的な現状肯定からも、また六〇年代の幾分ユートピア的な現状批判からも距離を置いた七〇年代の社会状況のなかでは、〈健全な〉アメリカン・デモクラシーの文化装置としての役割を果たす一面もある。物価や家賃が高騰し、失業率が高まり、東アジアでもアラブでもアメリカは失墜する。〈現にあるもの〉はどれも肯定できないが、といってもそれを批判的に超越する先も見えない。こうした袋小路の状況のなかではシラケとシニシズムだけが有力な文化だ。スピルバーグは、シニシズムの文化にとどまってマーティン・スコセッシやウディ・アレンのようにマイナーにフリンジ志向をすることはしなかったわけだが、『1941』ではスピルバーグは一応シニシズムの文化につきあっている。
『1941』は、スピルバーグの作品のなかでは評判がよくない。たとえばヴィンセント・キャンビーは、「?嘯P941』は、滑稽なというよりも厄介なしろものであり、そのおもしろさは、四十ポンドの腕時計といったところだ」(『jューヨーク・タイムズ』、一九七九年十二月十四日号)と評している。たしかにこの映画は、製作に四千万ドルを費したと言われており、シニシズムの文化をあつかうには余りにメイジャーな様式をもった映画である。おそらく、『レイダース』や『Cンディ・ジョーンズ』Aそしてさらに、いまでは〈スピルバーグ調〉とでも言うべき映像と音響(ジョン・ウィリアムズの音楽とベン・バートの音響効果技術は、まさに、ヘッドフォンなきウォークマンの音響空間を映画にもちこんだ)に慣れた知覚からすると、『1941』は、ひどくおとなしい、シニカルな映画に見えるかもしれない。しかし、これは、一九七九年の時点では、その〈内容〉よりも、その映像のスピード感が特に目立つ映画だった。一旦はスピルバーグを酷評したキャンビーは、次の週の日曜版で、この点に関して次のような修正意見を提出している。
「『1941』は、陰気な未来の本質を純粋に抽出した映画コメディである。それは、小さなスクリーンの物理的限界に反逆し、それとともに、小さなスクリーンの『サタデー・ナイト・ライブ』のバカ騒ぎ的ユーモアをぎりぎりのところまでもってゆこうとする試みなのだ」(『jューヨーク・タイムズ』、一九七九年十二月二十三日号)。
 キャンビーはここで、今日の「小さなスクリーン」つまりテレビが、演劇や映画の観客の反応を萎縮させていることを指摘しながら、『1941』が新しいタイプのスラプスティック・コメディの観客を生み出すことに期待をかけている。
 結局、『1941』はそのような結果を生みはしなかったが、少なくともスピルバーグの場合、映画はテレビにできない方向をめざすという方向が確定された。この映画には、既存の有名映画やTV番組に対するシニカルな揶揄、軍人や市民に痛烈な批判、日米開戦を日本軍の真珠湾攻撃においてではなく、オズ=ミゾグチ=クロサワ映画のハリウッド〈攻撃〉としてとらえる(と解釈可能な)独得の歴史観が含まれている(その意味では、日本軍は一九四一年に真珠湾ではなくて、ハリウッドの映画産業を破壊すべきだった。また、スピルバーグの世代の映画人にとっては、アメリカは七〇年代になって日本の自動車産業がアメリカのそれをおびやかす以前に小津や溝口や黒沢の映画に敗北していた)。
 しかし、『1941』は、そのような方向では受けとられなかったし、作品の映画環境がそうした見方をする余地をほとんど与えなかった。スピルバーグが選択した方向も、そのような方向ではなかった。おそらく、彼は、そのような批判的機能の方はテレビにおいてより効果的に達成されると考えるのだろう。彼は、七〇年代を決して六〇年代の目によってではなく、七〇年代の目で見ることを選んだ。
 スピルバーグの映画は、アメリカ人にとって家族セラピーの機能を果たしている。核家族であれ、片親家族であれ、その子供と親にとって映画館は、依然として、共につどうことのできるスペースである。これは、テレビやパソコンとは異なる点だ。七〇年代のニューヨークでわたしがスピルバーグの映画を見に行くと、父親や母親にともなわれてやって来た子供たちに数多く出会った。そのなかには、生みの親たちが離婚し、ふだんは別に暮らしている父親や母親とその日だけ過ごす〈面会日〉に映画館にやってきた組もある。いずれにしても、子供と親がいっしょに時を過ごすことのできるスペースとして映画館は不可欠であり、そこには子供と大人をとりもつ作品がたえず供給されなければならない。かくしてスピルバーグは映画を作り続け、七〇年代にフェミニズム運動やゲイ・ムーブメントとともにほの見えた家族を超える新しい連帯の萌芽は八〇年代になって完璧に抑止されるのであり、〈スモール・イズ・ビューティフル〉も単に新しいトランジスターやICを開発するためのマキシムになってしまうのである。
●監督=スティーヴン・スピルバーグ[激突!]出演=デニス・ウィーバー、ティム・ハーバート他/71年米[続・激突!カージャック]脚本=ハル・バーウッド、マシュー・ロビンス/出演=ゴールディ・ホーン、ベン・ジョンスン他/73年米[ジョーズ]前出[レイダース/失われたアーク《聖櫃》]脚本=ローレンス・カスダン/出演=ハリソン・フォード、カレン・アレン他/81年米[インディー・ジョーンズ 魔宮の伝説]脚本=ウィラード・ハイク、グロリア・カッツ/出演=ハリソン・フォード、ケート・キャプショー他/84年米[未知との遭遇]脚本=スティーヴン・スピルバーグ/出演=リチャード・ドレイファス、フランソワ・トリュフォー他/80年米[E?MT?M]脚本=メリッサ・マチスン/出演=ヘンリー・トーマス、ディー・ウォーレス他/82年米◎86/ 1/ 8『シネアスト』




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