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華麗なる女銀行家
『華麗なる女銀行家』に主演しているロミー・シュナイダーは、一九八二年五月に、パリのアパルトマンで自らの命を絶った。役者のキャリアは長く、十五歳のとき(一九五三)に母親マグダ・シュナイダーの主演作に出ている。しかし、彼女の演技が光を帯びてくるのは、もっとずっとあとになってからだった。
オーソン・ウェルズ監督がカフカの原作を映画化した『審判』(一九六二)でレニーという手に水かきのある女を演じたときにも、まだそれほどよいとは言えなかった。弁護士の愛人なのだが、はじめて会った主人公(アンソニー・パーキンス)と話しているうちにすぐ親密な関係になってしまい、そのくせ、弁護士に呼ばれると、それまでのことは忘れてしまったような顔で飛んで行き、弁護士につかえる−−そんな半分熱く、半分醒めた感じの女を破綻なく演じていた。この二重性はこの『華麗なる女銀行家』の主人公エンマ・エケールのキャラクターでもある。
エリザベス・テーラーもそうだったが、二十代のロミーにもどこかに子供っぽい表情が残っていて、それが効果的に働くことは少なかった。だから、彼女は、中年になってから、急によくなった。アラン・ドロンとの結婚を解消してから彼女の演技はぐんと光ってきた。顔も、幼いおもかげが抜けて、ひきしまってきた。遺作となった『サン・スーシの女』(一九八一年)を見れば、ロミーがフランスの最もブリリアントな女優の一人であることを誰も否定できないろう。
『華麗なる女銀行家』は、その前年に発表された作品で、ここでロミーは、まさに彼女の演技の最も華麗な側面を見せている。ユダヤ人の両親が営む帽子とアクセサリーの店で手つだいをしているエンマ・エケールは、店の客である上流社会の婦人と同性愛のスキャンダルを起こし、警察ざたになる。が、世間体を気にして怒る母親をおさえて父は、エンマをさとす。「お前は美しく、頭もいい。何でも許される。富豪を踏みつぶすんだ」
彼女は、やがてその言葉の通り、フランス政界を左右するほどの銀行家にのしあがる。エンマの行くところにはつねに愛と嫉妬がある。彼女は、最後に、財界の黒幕(ジャン・ルイ・トランティニャン)によって倒されるが、それは、彼女がムッソリーニ政権に近づいたためではなく、この男を相手にしなかったためとも受け取れる。が、そうだとすると、権力の法則は、クレオパトラ以来、何も変わっていないことになる。
監督=フランシス・ジロー/脚本=フランシス・ジロー、ジョルジュ・コンション/出演=ロミー・シュナイダー、ジャン・ルイ・トランティニャン他/80年仏◎85/ 8/ 5『ミセス』
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