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都市映画の活力
ジャン=リュック・ゴダールは、あるインタヴューのなかで、「国が悪い状態にあるときしか、よい映画はできない」と言ったことがある。彼は、アメリカ映画を批判してこう言ったのだが、アメリカ映画史のなかで都市映画が活気づくのは、アメリカがヴェトナムの敗北でかつての栄光を失ってからであり、レーガンが登場して国威がふたたび発揚されると、都市映画はとたんに活力を失ってきた。
製作におしみない金をつぎこむことのできる時代には、無料のセットとしての都市は無視されやすい。すぐれた都市映画が、予算の乏しいインディペンデント(独立系)のフィルムメーカーや小規模のプロダクションから生まれることが少なくないのも、都市を舞台にすることが、製作費を浮かせる最も効果的な方法の一つだからだ。
ジョン・カサヴェテスの『アメリカの影』(一九六〇)は、まさにそのような条件のなかで作られた都市映画であり、その後の都市映画に決定的な影響を与えた。カサヴェテスは、いわば、素人の役者をマンハッタンの街路に投げこみ、そこで彼や彼女らが反応するままをフィルムに収めた。登場人物が語るのではなく、都市自身に語らせる−−これは、都市映画の出発点である。
『アメリカの影』がストリート・ワイズ(街のロジックに通じた)の眼でハーレムを描いているとすれば、シドニー・ルメットの『質屋』(一九六五)は、ナチスのドイツを逃れてニューヨークに移住した亡命ユダヤ人の眼でハーレムを描いている。前者では、個人意識のレベルでとらえられた人種差別が、後者では、アウシュビッツの日常化としてとらえられる。
アカデミー賞を獲得したジョン・シュレシンジャーの『真夜中のカーボーイ』(一九六九)は、ニューヨーク映画を一時期アメリカ映画の主流に押し上げる発端を作った。ここでは、ヒューストンの田舎からやってきた若者(ジョン・ヴォイト)が、都市のせちがらさとクレージーさを体験する。最初は彼をだますが、やがて親友になる浮浪者的な人物は、この都市の最底辺で生きる人間のしたたかさと悲惨さを形象していた。この役を演じたダスティン・ホフマンは、これによってアンチ・ヒーローとしての新境地を開いた。
ニューヨークのうさんくささは、以前から犯罪映画にかっこうの舞台を提供してきたが、『tレンチ・コネクション』(一九七一)、七三年の『Zルピコ』、囂d犯罪特捜班 ザ・セブン・アップス』、『~ーン・ストリート』Aさらに『サブウェイ・パニック』i一九七四)、『タクシー・ドライバー』(一九七六)等に表わされたうさんくさいニューヨークと、ヒッチコックの『裏窓』(一九五四)の(セットで作られた)ニューヨークとを比べれば、都市というものに対する姿勢が全く異なっていることがわかるだろう。いまや、都市は肉体化し、犯罪は都市の痙攣となる。ハックマン、パチーノ、シャイダー、デ・ニーロらは、七〇年代の犯罪映画で、そうした都市の痙攣を体現する新しい役者となった。
六〇年代末から七〇年代にかけてのニューヨーク映画は、都市と肉体との境界を抹消した。とりわけ、マーティン・スコセッシは、都市を生理に近づけ、役者の肉体を街路のなかに溶かしこんだ。彼は、すでに『ドアをノックするのは誰だ?』(一九六七)でリトル・イタリーの街路文化を活写したが、デ・ニーロやハーヴィー・カイテルのような新しいタイプの役者をデヴューさせることになった『タクシー・ドライバー』や『ミーン・ストリート』では、暴力と閉鎖的な親密さが奇妙に混在するゲットー生活や、裏町の安ホテルや安アパートで、セックスや暴力やとほうもない願望のパラノイアを昂進させる孤独な独身者をリアルに映像化した。
八〇年代のアメリカ映画が、すぐれた都市映画にめぐまれないのは、アメリカの都市自体が変わり、もはや、都市と一体をなす肉体の体現者(たとえば浮浪者や貧民)が都市から追い出され、すべてに〈優雅〉な距離をとりながら街路を遊歩するヤッピーが都市を独占しはじめたからである。都市映画は、いまやヴィデオのなかに亡命するしかない。
[アメリカの影]監督=ジョン・カサヴェテス/出演=レリア・ゴルドーニ、ヒュー・ハード他/60年米[質屋]監督=シドニー・ルメット/出演=ロッド・スタイガー、ジェラルディン・フィッツジェラルド他/65年米[真夜中のカーボーイ]監督=ジョン・シュレシンジャー/脚本=ウォルド・ソルト/出演=ダスティン・ホフマン、ジョン・ボイド他/69年米[フレンチ・コネクション]前出[セルピコ]監督=シドニー・ルメット/脚本=ウォルド・ソルト、ノーマン・ウエクスラー/出演=アル・パチーノ、トニー・ロバーツ他/73年米[重犯罪特捜班 ザ・セブン・アップス]監督=フィリップ・ダントニ/脚本=アレクサンダー・ジェイコブス/出演=ロイ・シャイダー、ケン・カーシバル他/73年米[ミーン・ストリート]前出[サブウェイ・パニック]前出[タクシー・ドライバー]前出[裏窓]監督=アルフレッド・ヒッチコック/脚本=ジョン・マイケル・ヘイス/出演=ジェイムズ・スチュアート、グレース・ケリー他/54年米[ドアをノックするのは誰だ?]前出◎85/ 7/12『アサヒグラフ増刊』
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