トランプは、ますます米国政治を"悪趣味ショウ"ないしは"コスプレ政治"として盛り上げるのにいとまがない。とにかく、ホワイトハウスの大統領執務室を金ピカにし、イースト・ウイングを夜中のうちに(報道を避けるため)破壊して金張りのボールルーム(大宴会場)の建築を始め、2021年1月6日のバイデン政権承認を阻止する議事堂内乱入で逮捕された大半の1500人を無差別に恩赦し、直近では、「ジョージア選挙恐喝詐欺」で起訴されたほぼ全員を恩赦・・・とやりたい放題である。トランプは、いまや、諸庁から最高裁まで自分の元弁護士(不思議とみなモデルフェイスの女性ばかり)などを突っ込んでしまったので、何でもやれると思っている。
2ヶ月に及んだ政府閉鎖も、トランプの思惑で実行され、結局、民主党は妥協した。トランプにとっては、政府などいらないのであり、その意味では「無政府主義」なのだ(ただし、自分の権力については不問に付す)。そして、こういう点で、「アナキズム」に想いをよせる者がふらっとトランプにイカれてしまったりする。最近ABC Newsのジョナサン・カール(Jonathan Karl) が出した『Retribution〔報復〕』によると、トランプは、ひとに、自分がこんなに重要な人物なのかと思わせる魔術の持ち主だとのこと。が、そのくせ、気に入らなくなればすぐに切る。
しかし、11月12日(現地時間)、風向きが変わった。政府閉鎖で宙に浮いていたエプシュティン(「エプシュタイン」と表記するのはいいかげんやめよう)問題が再燃した。下院監視委員会の民主党議員らが、少女陵辱、人身売買の疑惑につつまれたジェフリー・エプスタインとトランプとの長年の関係を暴露するメール(エプシュティン遺産管理財団所有)をとりあえず3通公開したからである。
すでに、この問題はくりかえし論じられてきたが、既存のコーポレイト・メディア〔大企業依存のメディア〕は、英国のアンドリュー元「王子」(現在、剥奪)から日本の伊藤穰一まで、世界の著名人の人生を変えてしまったエプシュティンの「怪物性」は報道しても、トランプとの「親友」関係のことは極力控ている。エプシュティンとその愛人ギレン・マクスウェルに「かどわかされた」未成年の女性の数は1000人におよぶといわれ、その一部が「ミー・トゥー」告白や訴訟をし、メディアにとりあげられはしたが、トランプも加担していた可能性については手ぬるいのである。
ナボコフの小説『ロリータ』(1955) がベストセラーになった時代もあったから、このへんの“文化的”な問題は微妙であるが、アメリカでは、1974年にCAPTA (the Child Abuse Prevention and Treatment Act〔児童虐待防止・治療法〕) が制定され、未成年者との性交渉は犯罪とみなされるようになった。ちなみに、米国では、全州にわたって、18歳以下の未成年者と大人との結婚が禁じられている。つまり「ロリコン」は犯罪なのだ。とすれば、英国のアンドリュー王子のように、何十人もの未成年の「処女」をジェフリーから紹介してもらったような行為は、米国では犯罪になるわけで、国政の最高権力であるトランプが、いくら「アナキー」だとしても、そういうことに関わり、しかもともにつるみながら権力と財産を積み上げているとなると、冗談ではすまなくなる。
まあ、トランプは、大統領令をかかげて、自分に課された34の訴訟も、ほとんど白紙状態にしてしまったから、いくら「監視委員会」が頑張っても、また奇策を講じて逃げ延びるかもしれない。彼は、「ディール」が追い詰められると、放り出すか、それができなければ、誰かに責任転嫁するのを得意とする。
こういうなか、第2次トランプ政権になってにわかに活気づいているメディアがある。独立系のポッドキャストである。それは、70年代後半のイタリアの「自由ラジオ」の活気を思わせる。なかでも、The Daily Beastは、トランプのジェフリー・エプシュティンへの関与について執拗に取り上げ、問題をえぐり出してはいる。そして、この問題では知る人ぞ知るのマイケル・ウルフ (Michael Wolff) へのインタヴューシリーズ "Inside Trump's Head"を YouTubeチャンネルに立ち上げ、週3回にわたって配信している。The Daily Beast は、これ以外にも、精神分析学者、活動家、政治コメンテイター、そしてエプシュタインの「犠牲者」を番組に招き、トランプという人物を分析するのに余念がない。
このチャンネルの魅力は、統括し、自ら質問者をつとめるジョアナ・コールズ (Joanna Coles) の好奇心とセンスと該博な知識(欲)に裏付けられたライブ性と目配りの鋭さによる。彼女は、『Marie Claire』、『Cosmopolitan』のような「メジャー」なメディアの編集主任をつとめたが、紙メディアではデジタル性を、デジタルメディアでは紙メディア性を意識しており、前主幹のノア・シャックマン (Noah Shachtman) が定義した「ハイエンド・タブロイト(high-end tabloid)」という路線をシカと継承している。
対するマイケル・ウルフは、「過激派」のシンバイオニーズ解放軍に加わったパトリシア・ハースト(「新聞王」の娘)と、その誘拐被害者に関する記事で名を挙げ、以来、ルパート・マードックやトランプといった権力者を取り上げながらその暗部と怪物性を示唆する本を書き、ベストセラー作家となった。トランプは、ウルフが「自伝」を書いてくれると思ってインタヴューに応じ、取材の労をいとわなかったが、出版された結果には不満たらだらで、「三文作家」とけなしている。しかし、ジェフリー・エプシュティンも、彼に「自伝」を書いてもらうつもりで、長時間のインタヴューと彼の私邸への滞在を許し、その不可解な最期(自殺といわれているが他殺の推理もある)の直前までウルフとメールのやりとりをしていたという。
ウルフは、トランプやマードックの「伝記作家」と呼ばれると、「クロノロジスト」(chronologist)と訂正させるのを常とするが、権力に飛び込みながら、決してとりこまれないしたたかさをもった作家である。2015年には、『Television Is the New Television: The Unexpected Triumph of Old Media In the Digital Age. 』という本も出しているように、メディアに対する的確な状況認識もはずしていない。
ザ・デイリー・ビーストにおけるジョアナ・コールズとウルフとの対談は、コールズのひらめきある質問と突っ込みのおかげで、元来訥弁(とつべん)のウルフが、全身から絞り出すような調子で訥々(とつとつ)と語り出す単語と言い回しの含蓄が深くなるので、視聴者は、まさに批評の創出過程に立ち会うようなライブ感を経験できる。
ウルフが、凡百のベストセラー作家とは異なる人物であることは、トランプとエプシュティンとの関係資料(「エプシュティン・ファイルズ」)の公開を迫るために、メラニア・トランプに対して起こした訴訟の奇策からもうかがい知れる。これは、ウルフが著作 のなかでメラニアについて「不適切」な記述をしているとして、もし撤回しなければ10億ドルの訴訟を起こすと、メラニア名義でウルフを脅してきたのを逆手に取り、ウルフが、10月21日付けでメラニア側を訴えた「Anti-Slapp」(Strategic Lawsuit Against Public Participation) 訴訟である。
Melania Trump BLINDSIDED by NEW LAWSUIT over EPSTEIN?!?
これは、企業に反対する市民活動などを封じ込めるために企業側が利用してきた法律だが、ウルフはこれを逆手に取り、メラニアの「脅し」を訴え、その過程で、メラニアとトランプを法廷に引きづり出し、必然的に言及せざるをえないエプシュティンとの関係を暴露させようというものだ。
メラニアをトランプに紹介したのはエプシュティンだという説もあり、3人一緒の写真はすでにあちこちで公開されている。にもかかわらず、トランプは、エプシュティンとはとうの昔に縁を切ったから「あんなやつのことは知らない」とのたまっている。彼の言いなりのジョンソン下院議長などは、トランプがエプシュティンとつきあったのは、FBIのおとり捜査をつとめたからだなどと言って、トランプをかばう(このニュースは、いつのまにかどこかへ消えてしまった)。
ウルフには、100時間におよぶエプシュティン・インタヴューの録音があり、すでのそのごく一部はポッドキャストなどで公開されている。この機会にウルフは、SUBSTACKに"HOUL"というサイト(「狼」wolffが「吠える」)も作ったので、たちまち多くの支援者がカンパをしてきた。彼は、この裁判が長引くことも覚悟しているが、この訴えで、2028年の大統領選挙にトランプ打倒のなんらかのインパクトが起こせると期待している。すでに、Help Michael Wolff in His Legal Fight Against Melania Trumpによると、11月16日現在で、$753,170 USD (約1160万円)のカンパがあつまっているとのこと。
トランプの専制政治に対する批判としては、10月18日に全米で開かれた「NO King」プロテストがあり、ニューヨーク市では、五番街がデモで満杯状態になったが、しかし、こういう形式の批判は、トランプにはほとんど響かないように見える。事実、彼は、このデモに対して、王冠をかぶったトランプが、操縦する旧型戦闘機からウンコを投下するという馬鹿げた映像を作らせ、自分のTruth Socialでシェアした。しかし、こういう小児病的なトランプの行為を喜ぶポップカルチャーがアメリカにはあり、これがトランプを依然として生きのびさせている。
【追記】
「ドナルド・トランプ大統領は月曜日〔11月17日〕、いわゆるエプスタイン・ファイルに関する方針転換を改めて表明し、もし下院と上院が可決すれば、司法省に故エプスタインに関する捜査の事件ファイルを公開するよう義務付ける超党派法案に署名すると述べた。」 (REUTERS)
司法省は、トランプの圧力で、ヤバいデータだけを抜くことも出来る。トランプの「変節」は魂胆があってのこと。民主党や世論に敗けたわけではない。奴の次のお手並み拝見だ。