粉川哲夫の「雑日記」

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2023/08/26

Chatbotsボーイ、トランプ 20分間の逮捕

トランプが、ジョージア州フルトン郡刑務所に出頭したのは、彼が「Truth Spcial」で予告したとおり、東部時間8月24日夜8時まえ(日本時間8月25日早朝)だった。例によって多数のスタッフ(シークレットサービスも含む)をともなって、彼の拠点の1つであるニュージャージーから自家用機でアトランタに飛び、そこから郡刑務所にパトカー先導で到着した。

しかし、車が刑務所の玄関に横付けされたが、内部の報道はないまま、20分後にはその車が走り出した。その後の報道によると、この間にトランプは指紋と顔写真(mugshot)を取られ、保釈金を収め、それからすぐに保釈されたという。

ここでわたしはコンピュータのまえを離れたので、その後の数時間のことは知らないが、日本時間の8月25日夜になってネットを覗くと、予想通りトランプの写真があちこちに掲載されていた。

すでに「ジョージア選挙恐喝詐欺」事件の容疑者たちのうち、トランプ以前に出頭した者たちのマグ写真一覧もくりかえし掲載されており、翌26日までにほぼ全19日が逮捕→マグショット公開という今日の(アメリカ)メディア社会の儀式が終了した。多少ちがうのは、今回は、多くの容疑者が、その写真を自分のSNSサイトに転載したことだ。自己顕示の時代の基本動向と言うべきか。

笑顔のマグショット

写真と解説はあちこちにあるので、それらを参照(→)してもらうとして、今回、「ほがらかに」笑っている表情をマグショットに撮らせた容疑者がけっこういるのが興味を惹いた。

Jenna Ellis

●【追記】2ヶ月後の10月24日、法廷で泣きながら「深い後悔」を語るジャナ・エリス→YouTube

Trevian Kutti
David Shafer

むろん、古典的な「犯罪者顔」を提供した者もいた。

Ray Smith

しかし、アメリカのマグショットの歴史をざっと調べると、いかめしい顔と笑い顔は(比率としては前者が多いにせよ)は、典型的な2タイプのようだ。日本の場合は、警察や官憲の強制的な指示の要素が大きく、アメリカほどの対照的な差は出来ない。それと、笑いだが、アメリカ人は、ナーバスになって笑うというのがある。学術会議などで笑いながら報告する者は、ユーモアを出そうとしているよりも、緊張と闘っている場合が多い。だから、写真のエリス、クッティ、シェイファーは、緊張のあまりの笑いかもしれない。

トランプの顔演技

これに対して、トランプの場合はちがった。非常に意図的な、メッセジーを込めた表情で撮られている。意識屋でナルシストのトランプのことだから、そうとう練習したのだろう。トレイナーの指示もあったかもしれない。

Donald Trump

そのメッセージは、「X」への投稿につきており、つまり自分を拘束することへの抗議である、と一応は言える。

「twitter」には2年半ぶりの投稿
ドン・アイマス

しかし、わたしは、この表情を見て笑ってしまった。というのは、気難しく結んだ唇は別として、その目つきが、ドン・アマスそっくりだったからである。基本的にトランプの顔はアイマスとは全然違う。

アイマスの目つき
トランプの目つき

ドン・アイマスは、サビのきいたセクシーな声でどぎついことをしゃべるラジオパーソナリティとして超有名だったが、2007年にWFAN-AMの彼の人気番組「Imus in the Morning」で「人種差別」的発言をしたとして批判され、最終的にこの番組から降ろされた。問題の発言については、わたしは、『シネマノート』の2008年8月の号に書いているので、くりかえさないが、すでにこの時点で彼は、ドナルド・トランプと友人関係にあったらしい。

音声は見つからないが、WFAN-AMでのトランプとの1993年6月18日の会話を文字化したものもある(→WFAN)。

ドン・アイマスという係数

トランプは、『アイマス・イン・ザ・モーニング』の常連で、ネットで検索すれば、トランプへのインタヴューが多数見つかるだろう。2015年のインタヴューではアイマスは、トランプを「次期大統領」と呼んでいる。

Donald Trump is interviewed by Don Imus on Imus in the morning on September 1, 2005

Interview: Donald Trump on Imus in the Morning - June 25, 2015

Donald Trump is interviewed by Don Imus on Imus in the morning on May 11, 2016

トランプの著書『The Art of the Deal』には、アイマスがトランプのための献金協力してくれたことへの感謝の言葉が見える。「午前10時。 ドン・アイマスにお礼の電話をする。 アイマスは WNBC で米国で最も成功したラジオ番組の 1 つを担当しており、アナベル ヒル基金への資金集めにも協力しています。」「週末までに 40,000 ドルが集まりました。 アイマスだけでもリスナーに訴えて2万ドル近くを集めた。」

アイマスは、2007年の差別発言後も数多くの「舌禍」を起こしているが、通説ではそれを悔いて慈善活動に深入りするようになるとのことだが、そのパーセンテージの多くはトランプへの献金だったのではないか? まだ正面切って論じられることがないとしても、トランプとの浅からぬ関係、彼がトランプ大統領就任で果たした機能についてもっと論じられるべきだろう。

そういえば、アイマスとトランプとの関係を考えると、トランプに対するハワード・スターンの姿勢の不可解さもわかるような気がする。彼は、機会のあるごとにアイマスを敵視し、彼の主著『Private Parts』(1993)の映画化 『プライベート・パーツ』(1997) のなかでもアイマスを否定的に描かせた(アイマス役はLuke Reilly)。

顔検索

トランプは、ここへ来て、ふだんの「人種差別」も「セクシズム」も意に介さないアンチ・コレクトネスのパフォーマー、ドン・アイムスの晩年を思い出したのではないか? アイマスは、世間の批判を意に介せずに「差別」と「露骨」の表現(ハワード・スターンとも一味違う)を語り続けてきたが、どんなに非難されても再生を果たすアイマスのしたたかさは、トランプの活力源になっていたと同時に、そういうアイマスですら、資金の枯渇や病気も手伝ってしたたかであり続けられなくなる。

わたしがトランプの顔写真を見てアイマスを思い出したとき、念の為、顔の類似検索をかけてみた。予想は見事当たり、トランプの顔写真に対する類似第一候補としてアイマスの顔が出た。

PicTrievで検索すると
トランプの「相談役」

これで空想したが、トランプは、事を始めるときChatBots(複数)やChatGTP、そういうたぐいのツールの特注品を日々利用しているのではないか、と。Twitterに投稿していたころは、影武者がいると思ったが、Truth Socialになり、そういうツールの利用度が高まった。用意するスタッフにも事欠かない。とすれば、すべてを一人でこなすことができる。

トランプ的人格は、ある意味では「淋しい」状態にある。自分の思ったことをやり通したい、自分が思った通りに相手にも思ってほしい、自分の言ったことは聞いてもらいたいが、他者の意見は訊きたくない。こういう人格は、すでにクリストファー・ラッシュが、『ナルシシズムの時代』(The culture of narcissism: American life in an age of diminishing expectations, 1978)や『The revolt of the elites: and the betrayal of democracy』(1995) で予見し、素描していたものだが、ドン・アイマスは、もっと簡潔にこの人格を言い表している。

毎日何百万の人々に話しているけど、それが好きなのは、彼らが俺に話し返せないからさ。( I talk to millions of people every day. I just like it when they can't talk back.) (雑誌『Vanity Fair』 2006)

トランプは、まさにアイマスのこの「哲学」を実践しているにすぎない。が、「話し返せない」ことの代償は、話し返す以上に高くつくんじゃないか?