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2022/11/13

US中間選挙前後 LPが創るリズム

まだLP/Vinyl後遺症が続いていて、アナログLPをかけながらキーボードに向かうことがおおい。LPは片面ずつかけるのであり、片面に収録されている音はせいぜい20分だから、そのつどターンテーブルレイヤーに向かい、盤面をかけかえなけれればならない。引っ張り出してきたターンテーブルをサイドテーブルにのせ、手の届くところへ置いたが、片面が終わるたびにキーボードから手を離して横を向かなければならない。当然、文章をタイプしているときなら、中断する。

そういえば、まだボールペンで原稿を書いていたころ(たとえば『主体の転換』に収められた文章の元原稿のころ)、同じようなことをしていたなと思い出す。あのころのわたしの文章には、LPレコードの片面が再生される長さのパンクチュエイションが入っていたわけだ。そしていままた、それが復活している。

そのころはそういうパンクチュエイションの効果というのを意識しなかったので、盤面をひっくりかえしたり、盤をセットしたりするの面倒を省こうと、連続再生用のターンテーブルに興味を持ったりした。そういうのがあったのです。ターンテーブルの中心軸が長くなっていてそこにLPを何枚か重ねて乗せるのだ。ネットで検索したらガラード製の写真が見つかった。ガラード(Garrad)というと、当時は、ターンテーブルの高級品で知られていたが、こういうのも手がけていた。むろん、もっと安手の国産品も出回っていたが、レコードを痛めるのでわたしは使わなかった。

いま聴きなおすセシル・テイラー

LPに耽溺していたのはラジオアートに関わるはるか以前だったが、そのせいか、いま聴きなおすLPで何度も聴いてみたくなるのは、あれほど入れ込んだアルバート・アイラーではなくて、セシル・テイラーなのはなぜだろう?

アイラーに関して、彼は「音楽性のヨーロッパ的概念を拒絶した」と書いている論者がいたが、そうだとしたら、テイラーは、そういう「ヨーロッパ的音楽性の概念」を「拒絶」するのではなく、包含しつつ乗り越えたのだと言える。だから、テイラーを聴くと、「現代音楽」なんてものは「古い」という感じがしたのだった。彼は、晩年までスリリングな演奏と実験を続けた。

LPとラジオアート

しかし、こういう所感のかたわら、ターンテーブルを操作しながら考えるのは、この装置を送信機に出来ないか、ラジオアートの装置に出来ないかということである。ターンテーブルのうえに小さな送信機やカメラを載せてなにかするといったガジェットアートは数かぎりなくあったが、盤面自体をミリ波などの送信機にして、カートリッジを受信機に改造するといった実験はまだ見たことがない。

それは別として、ヴィニールレコードというのは、まだ捨てたものではないのではないか? まだヴィニールを表現媒体としているアーティストはおり、わたしのフランス語の本を翻訳したパリ・ムルソー(Pali Meursault)は、stridulationsという45回転の12インチ盤を2018年に出している(p & c discrepant CREP56) 。 これは、フィールド・レコーディングによる繊細なサウンド録音を音源にしているが、盤面の微細な埃が起こすスクラッチの音をも再生音のなかに予測的に取り入れたなかなか戦略的なヴィニールレコードだった。

トランプ起訴近し?

アメリカの選挙の開票結果は、日本のようにすぐには決まらない。システムの「後進性」というか複雑さというか多様性と言うべきなのか、とにかく簡単には結果が出ない。それに加えて、トランプ以来、「盗まれた選挙」という概念が浮上し、根拠がなくてもゴネ得ねらいのいちゃもんを付け、投票結果の再チェックを要求する候補者が増えた。これは、視点を変えれば、明治期以後天皇制を旗印にあらゆるシステムの一元化をはかった日本にくらべると、まだ国家に飲み込まれない要素が残されているということであり、そこから新しいものが生まれる潜在力でもある。

トランプは、実は、こうした要素を逆利用して大統領の座を得た。今回の中間選挙のための活動でも、トランプは、いわばウィリアム・フォークナーが『響きと怒り』(1929)で描いたような「地方」を選び、フェイストゥファイスの「地方遊説」をくり返した。新聞は読まず、テレビはFOXNewsしか觀ないかのような人々のまえで都合のいい嘘八百を口走り、「盗まれた選挙」節を反復した。

トランプが、自分とファミリーと言いなりの取り巻きのために特権を独占しようとするペテン師であることは、彼の大統領時代に露呈しているのだから、マスメディアは、こんな手合いは無視すればいいのに、彼が「特殊地帯」での発言や反応をいちいち報道するので、まるでトランプが「ヒーロー」であるかのような印象がマスメディアのなかに出来、共和党の内部にも、まるで彼が救世主でもあるかのような雰囲気が高まった。リズ・チェイニーのように、民主党主導の1・6反乱を糾弾する委員会に加わり、もし2024年にトランプが大統領に再選されたら、共和党を離れると宣言したような人物はいない。だから、中間選挙では、民主党の惨敗が確実という予想が広まった。

しかし、中間選挙の結果はそうではなかった。トランプの推薦した300人もの候補が次々と敗北し、共和党の内部では、トランプのおかげで選挙がめちゃめちゃになったと怒る者も出てきた。
それに対して、天才ペテン師トランプは、こうのたまった――おまえらが落選したのは、「盗まれた選挙」というテーゼを主眼にしなかったからだ、と。実際、トランプを支えにして出た候補のなかには、このテーゼには賛成できない者がかなりいた。しかしねぇ、「イナカ」といったって、有権者はそんなバカじゃないよ。

共和党が振るわなかったことが明らかになるにつれ、まるでガキの喧嘩のようななすりあいが共和党内部で起こり、それが目下止めようもない動きになっている。

中間選挙のまえ、富豪世界一のイーロン・マスクは、一旦諦めたTwitterの買収をふりだしに戻し、結局その最高責任者の地位についた。彼は、まえにも触れたように、トランプに一線を画していて、1・6反乱公聴会でトランプの野望があばかれると、Twitterに、そろそろ潮時じゃないのといったチクリを書いた。彼は、2024年の大統領候補としてフロリダの州知事ロン・デサンティスを推そうとしている。
しかし、情勢が変わり、中間選挙におけるトランプ一派の優位が報道されるようになると、あわてた。そうなれば、トランプは追放されたTwitterのアカウントを取り戻し、またTwitterで圧倒的な影響を深めるのではないか、という懸念を深めた。で、ただちに資産力を活かしてTwitterの買収を実現したわけである。身勝手な男である。

ところで民主党は、1・6反乱を糾弾することには成功し、それに呼応して、FBIはトランプのフロリダの居住先のガサ入れをやったが、バイデン=司法省としては、振り上げた刀をどう収めるか苦慮していた。選挙への影響を考慮し、中間選挙以後でなかければ何もできないにしても、大敗が予想されるつれて、トランプの逮捕や起訴はうやむなになるのではないかという空気がひろまった。

しかし、今回、民主党が「善戦」し、しかも、共和党の内部でトランプをお荷物とする動きが急速に高まるにつれて、トランプの逮捕や起訴は、共和党の反発を受けないといういう意識がひろまりはじめている。さて、天才ペテン師くん、どうする? 次の手は? 

【追記】(11/17)

11月15日(火曜)、トランプは、いやましに高まる批判にもかかわらず、2024年の大統領選挙に立候補する宣言をした。むろん、これは、失った地位を取り戻すというだけでなく、いよいよ身にせまりつつある逮捕と起訴の危機を回避する魂胆である。
大統領選挙の立候補者にはそうい法的特権はないということは、すでに論じられている(例:The Conversation参照)。
しかし、「天才ペテン師」トランプは、もっと先のことを考えているだろう。つまり、彼はいまや逮捕を望んでいるのだ。逮捕され、「獄中立候補」することである。アメリカの場合、これは可能である。「悲壮さ」を最大限に演出して、いまの状態では決して得られない有権者の指示を急増させられると踏んでいる。
賢明な司法長官メリック・ガーランドは、このことを十分予想しているから、逆になかなか逮捕・起訴に乗り出せない。かくして、いまや、司法省が次の手に出なければならない羽目になった。