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ビバリーヒルズ・コップ

 アメリカほど、映画がその文化・社会・政治・経済の支配的な動向を敏感に反映する国も珍しい。アメリカ映画を見ていれば、だいたい、この国でいまなにが主流になっているかを推測できる。
 経済の活力の中心がニューヨーク、フィラデルフィア、シカゴなどの東・北部からフロリダ、テキサス、カリフォルニアなどの南・西部に移りつつあることはよく知られている。実際に、南・西部の都市は、一見して、リッチな街並みに変わってきた。
 昨年から今年にかけてアメリカで作られた映画のうち、サンフランシスコやロサンゼルスを舞台にした作品が多いのも、このことと無関係ではないだろう。
 デイヴィッド・ボウイやイレーネ・パパスが全くのボケ役で出る奇妙なスリラー?囑ーれぬ夜のために』Aケリー・ルブロックのセクシーな容姿だけが見どころの『Eーマン・イン・レッド』Aブライアン・デ・パルマの監督作品にしてはおそまつなヒッチコックの二番せんじ『ボディ・ダブル』、いままさに広がりつつある階級差のギャップを鋭くとらえているダグラス・デイ・スチュアート監督の『誘惑』−−これらはみなウエストコーストを舞台にしている。
『ビバリーヒルズ・コップ』がアメリカで空前の大ヒットを放ったのは、この映画が今日の〈南北格差〉をよくとらえているからだ。エディ・マーフィはシカゴの刑事を演じているが、殺人犯を追ってロスのビバリーヒルズに来てみると、ここの警察署は、シカゴとはちがい、コンピュータが完備されているうえに、刑事もみなバリッとした三つぞろいを着ている。街並みも雲泥の差だ。
 しかし、最終的に犯人グループをやっつけるのは、おつにすましたビバリーヒルズの官僚たちではなくて、ジーンズばきのこのおどけた黒人刑事の方である。これは、東・北部の人々にとっては小気味よいことだろう。
 それにもかかわらず、西・南部の人々にもこの映画が受けたのは、西部をちゃかす際に、喜劇というクッションを一枚入れているからである。
[眠れぬ夜のために]監督=ジョン・ランディス/脚本=ロン・ロスコー/出演=ジェフ・ゴールドブラム、ミシェル・ファイファー他/85年米[ウーマン・イン・レッド]監督・脚本=ジーン・ワイルダー/出演=ジーン・ワイルダー、ケリー・ルブロック他/84年米[ボディ・ダブル]監督・脚本=ブライアン・デ・パルマ/出演=クレイグ・ワッソン、グレッグ・ヘンリー他/84年米[誘惑]監督=ダグラス・デイ・スチュアート/                   [ビバリーヒルズ・コップ]監督=マーティン・ブレスト/脚本=ダニエル・ペトリー/出演=エディ・マーフィー、ジョン・アシュトン他/84年米◎85/ 5/ 2『共同通信』




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