最も記憶にのこっているシーン
[あなたがみた映画の中で最も記憶に残っているシーンは]
十年ぐらいまえ、新宿の蝎座でみたジャン・ポール・フロームの『ディナー』は、同じころにみたリチャード・コンプトンの『ソルジャー・ボーイ』の最後の方のシーンとともに、瞬時に日常性が反日常性に転換するそのタイミングのゆえに、強く印象にのこっている−−家族とともに夕食をたべおわった父親が、おもむろにナプキンで口をぬぐい、立ちあがって一気に皿やあたりのものを壊しはじめるのである。
しかし、第一次的な映像体験は、無意識的な総体の経験であって、それは決して〈記憶〉のような現前化の閉回路に収納しつくすことはできないのだから、〈最も記憶に残っているシーン〉などというものは、ある全的な映像体験を最も短期間に一つの閉回路にとじこめてしまうことのできたところのものでしかなく、その映画にとって、その観客との出会いは最も不幸なものであったと言わざるをえない。
[ディナー]