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2022/07/16

Trump before Trump

2017年12月にJ-CPAC 2017実行委員会(母体はJCU=Japan Conservative Union)の招きで来日したスティーブ・バノンは、「特別基調講演」で、当時首相だった安倍晋三を「トランプ以上のトランプ」(Trump before Trump)と激賞した。

バノンは、くりかえすまでもなく、自称「経済ナショナリスト」であり、事実上白人至上主義者で、むろん、反LGBT主義者である。アメリカでは名実ともに「極右」とみなされている彼から「トランプ以上のトランプ」というお墨付きをもらったのだから、安倍 首相は極右中の極右ということになる。

日本のマスメディアでは、ある時期から「右翼」という言葉は街宣車かなにかでやっと生き延び、「左翼」は適当なイメージが浮かばないほとんど死語になってしまった。非日本語では、言葉のうえでは、かつての「右翼/左翼」の言葉が依然使われているので、それらを訳すときには、「右派」、「左派」といったあいまいな言葉が使われる。

その意味で、安倍が「トランプ以上のトランプ」ということになると、彼は「右翼」よりも「極右」ということになる。事実、安倍政権は、国民の家計や給与を犠牲にして政府の途方もない税収を拡大した点で、トランプ以上に「経済ナショナリスト」であったことはまちがいない。

また、トランプとはちがい、人種差別やLGBT差別、戦前戦中の暗い闇につながる因縁等をあまり気づかせることなく、気づかれたとしても「テフロンマン」(批判を付着させようとしても滑り落ちてしまう)としての才能でトランプをはるかにリードしていた。

が、その「トランプ以上のトランプ」が、不幸にして、道半ばで斃れたわけだから、日本国家は、今後、どうなるのか――「極右」から「右翼」に弱体化するのか、それとも――というのが、各国の思惑である。マスメディアは、続々と世界の要人が弔問に来るというので、個人の「人柄」なんぞをほめそやしているが、政治は「人柄」なんかでは動かない。「弔問」は立派な外交手法なのだ。

ところで、「トランプ以上のトランプ」の本体の「トランプ」が、すでに「公聴会」の結果と波紋で周知のように、いよいよヤバくなってきた。共和党の予備選挙でトランプの推した候補が落選したりして、共和党内にも、いままでのようなトランプ頼りではマズイかもしれないという思いが遅れ馳せながら広がりつつある。

明日、7月18日には、公聴会の召喚を拒否したバノンの公判が開かれるが、それに先んじてCNNは、日本時間で7月18日午前9時から、"CNN Special Report: Steve Bannon, Divided We Fall"を放映するという。

トランプはなぜ逮捕されないのかという願望的問いがしばしば発せられるが、バノンは、逮捕されながらトランプの恩赦で懲役を免れ、トランプよりも闇の世界への関与の奥行きでは桁のちがうような陰謀家である。なにをするかわからないので、Star Tribuneのスティーヴ・ザックの戯画が皮肉に描くように、拘束する側も及び腰である。

世界の極右組織とのネットワーク、旧「統一教会」との関係、「新中国連邦」の創設

[統一教会」との関連のある極右武装キリスト教団体Rod of Iron Ministriesとの関係(→詳細)、それとQAnon等々、半端ではない。

それらが、明日から、大なり小なり明るみに出ることになる。