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メディア中毒

「カウチポテト」という流行語には、いまひとつわからないところがある。普通この言葉は、毎日テレビやヴィデオばかり見ているメディア中毒のことを指すが、この言葉をはやらせるのに一役買った雑誌『ニューヨーク』がカウチポテトをあつかった記事には、ひどく明るい顔をしたヤッピーっぽいカップルがいっしょにカウチに腰をおろしてテレビ(ヴィデオ?)を見ている写真がそえられていた。残念ながら、いまその号が手元にないので確かめることができないのだが、二人の雰囲気は、およそメディア中毒とは縁遠い感じで、これでいったら、日本人などは、みなカウチポテトになってしまうのではないかと思ったものだ。
 先日、ニューヨークへ行ったとき、グリニッジ・ヴィレッジのエイス・ストリートを歩いていたら、観光客むけのみやげものを売る店のウインドーに、「カウチポテト・ドール」というのが並べられているのを発見した。それは、明らかに「キャベツ人形」の表情を模して作られており、これまた、メディア中毒のイメージとはほど遠い感じがした。
 メディア中毒というと、わたしには、まずデイヴィッド・クロネンバークの映画『ビデオドローム』の主人公マックスが思い浮かぶ。この映画には、「カソード・レイ・ミッション」つまり「ブラウン管布教団」という施設が登場し、そこはテレビのブラウン管を四六時中見つめている暗い表情の人々でごったがえしている。また、この映画の主人公は、次第にヴィデオ映像のなかの世界をより現実的なものと感じるようになり、最後には自分の肉体を破壊して、ブラウン管のなかの世界に入ってしまうのである。
 メディア中毒でもうひとつ思いだすのは、西ドイツのダニエル・ヘルファーの映画『ゴースト・ウィーク』である。ここには、映画館からヴィデオ・カメラで映像を盗み、それを電話線で送って、カセットに収め、レンタル・ヴィデオ屋で売るといったメディア・ジャック的なファニーな話が出てくるが、そのクライマックスは、海賊テレビの放送局を開設する資金を得るために、男が二百四十時間ぶっ続けでテレビとヴィデオを見る賭に挑戦する話だ。そのあげく、この男は、知覚機能が変質してしまい、電波を直接受信できる体になってしまう。これは、明らかに今日のテレビ過剰社会を風刺しており、決して「明るい」映画ではない。
 ジェフ・リーベルマンのアメリカ映画『リモート・コントロール』も、ある点ではメディア中毒の話である。ヴィデオのレンタル・ショップで『リモート・コントロール』という名のヴィデオを借りて、それを見ると、映画の途中から見ている自分が映像のなかの殺人者と同化してしまい、そばにいる者を無差別に殺すようになってしまう。これは、実は、別の惑星から地球に潜入したエイリアンが仕掛けた罠であり、それに気づいたヴィデオ屋の店員がエイリアンの本拠に行き、そこを破壊する。ヴィデオの大量コピーをやっているその本拠でトップの座を占めているのが「日本人」の顔をした連中だということでもわかるように、この映画も、メディア中毒をあくまで批判的にとらえていることは確かである。
 カウチポテトというのは、どうやら、こうしたメディア中毒とは違うもののような気がする。そこには、「カウチに腰をおろして、ゆっくりヴィデオでも見ようや」といった気楽な風情があり、メディアに対する批判的な対応は少しも感じられないのである。
「カウチポテトっていうのはどうなの?『ニューズ・ウィーク』によるとカウチポテトの会まであって、一万人も会員がいるそうじゃない。ニューヨークではどうなの?」
 わたしは、ニューヨークの友人にたずねてみた。それによると、「カウチポテト」という言葉は、日本で考えられているほどはやっているわけではないらしい。彼自身、あまり使ったことがないと言っていた。
「ただ、それはコカインと関係があるんじゃないかな。ポスト・コカイン現象かもしれない」
 友人は、気のなさそうな表情でこう言った。
 これは、わたしも考えていた側面だった。ニューヨークでは、いまでも、コカインの常用者の数は少なくないが、最近、レーガンの麻薬撲滅キャンペーンのせいか、全体としてはその数は減りつつある。もともとコカインは、マリワナなどに比べると高価であるため、ある程度の収入がなければ常用することは無理である。レーガンの麻薬撲滅キャンペーンは、麻薬の末端価格をつりあげることになったため、遊び半分にコカインを吸っていた者は、手をひく傾向がある。
 ベスト・セラーになったジェイ・マキナニーの小説『ブライト・ライツ、ビッグ・シティー』の主人公は、雑誌社に勤めるヤッピーのなりそこないであるが、彼はコカインの常用者であり、この小説は、コカインを吸ってハイになった主人公の意識が描かれているということもできる。
 すべてが二人称で書かれているこの小説は、次のような文章で終わる。「ゆっくりとやらなければならないだろう。きみはすべてをみなもう一度学びなおさなければならないだろう」。
 この小説は、一九八四年に発表された。ここで描かれている風俗やライフ・スタイルは、概ね、一九七〇年代末から八〇年代初めのマンハッタンのそれである。このころからニューヨークにはヤッピーが増えてきた。マンハッタンは、デヴェロッパーの不動産投機の戦場となり、町並みがどんどん変わっていった。この時代のマンハッタンを知る者は、近年東京で起こっている変化などには決して驚かないだろう。
 小説は、ただのフィクションではあるが、『ブライト・ライツ、ビッグ・シティー』のような小説の場合には、それを使って逆に現実世界を照射することが出来る。その際、わたしが興味をもつのは、この小説の主人公は、このあとどうしたかということだ。彼は、「きみはすべてをみなもう一度学びなおさなければならないだろう」と言ったが、彼は、どうやりなおしたのだろうか?
 その点でおもしろいのは、この小説にもとづいてジェイムズ・ブリッジズが監督した映画(邦題『再会の街』)である。この映画は、今年アメリカで封切られたばかりだが、当然のことながら小説とのあいだには若干の相違がある。一つは、全体として登場人物たちがヤッピー風になっていることであり、もう一つは、原作がニューヨークの見直し(=自分の見直し、再出発)を主題にしているのに対して、映画は、ニューヨークへの決別を示唆している点である。
 小説を読むかぎり、この主人公は、ニューヨークをどんなに呪ったとしても、ニューヨークをはなれた生活など絶対に考えられないことがわかる。したがって、主人公の最後の言葉は、マンハッタンでの再出発が暗示されている。
 ところが、映画では、主人公の故郷はニューヨーク郊外か、どこかの地方に想定されていて、それがしばしば、死んだ母親の思い出といっしょにフラッシュ・バックするのである。最後のシーンでも、主人公が朝方のソーホーを歩いていて、パン工場のまえを通りがかり、トラックに積まれているパンを見て、かつて母親が台所で手作りのパンを食べさせてくれたときのことを思い出す。この分でいくと、映画の主人公の方は、「すべてをみなもう一度やりなおす」ためには、ニューヨークの外に出なければならない。
 こうして見ると、『ブライト・ライツ、ビッグ・シティー』の小説と映画は、たがいに正反対の方向を向いていることになるが、両者のあいだにヤッピーを投げ込んでみると、彼らの最近の意識変化が浮き彫りになる。一九八〇年代の初めごろマンハッタンに住み着いたヤッピーの意識変化は、まさにこの小説から映画への変化なのである。話が少しやっかいになってきたので詳しく説明しよう。
 小説『ブライト・ライツ、ビッグ・シティー』は、八〇年代にマンハッタンに住み着いたヤッピーたちに受け、ベストセラーになった。しかし、そこで描かれている世界は、決してヤッピーの世界ではなく、以前からマンハッタンではよく見られたボヘミアン・タイプのニューヨーカーの世界である。しかし、ヤッピーたちは、まさに、ウディ・アレンの映画『マンハッタン』が決してヤッピーの映画ではないにもかかわらずそれを自分たちの映画だと思い込んだように、『ブライト・ライツ、ビッグ・シティー』を自分たちの小説だと思い込んだ。そして、たぶん、この小説の主人公のように、コカインにも手を出したのだろう。しかし、ヤッピーは、その素性からして、ボヘミアンではない。彼らにはアングラや反体制への志向はなく、おどかされればドラッグなどすぐやめてしまう。「反社会的」なこともファッション性があるかぎりで有効なのである。
 一九八六年ごろを境にして、ヤッピーの郊外志向が高まる。あこがれのマンハッタンは、思ったほど魅力的ではないことがわかった。マンハッタンには、クレイジーでなければ住むことができない。ヤッピーのなかには、むろん、クレイジーな者もいるが、ヤッピーの平均的多数は「健全なる市民」であり、マンハッタンが歴史的に継承してきたドギツイ部分とはソリが合わない。
 マンハッタンは、ヤッピーの進出を当て込んだデヴェロッパーたちがヤッピーの好みに合わせて街を改造したことによって、スラムやうさんくさい一角は次々に消えていった。そのあとには、値のはるマンション(コンドミニウム)や高級レストランなどが出来たわけだが、ニューヨークは、いくらジェントリファイしても、所詮はパリにはかなわない。
 ロバート・アルトマンが『ニューヨーカーの青い鳥』でからかったのはこの点だった。ニューヨークのヤッピーたちは、ニューヨークのフランス風のレストランでパリを夢見ながらキザにフランス語なまりの英語を話すのがおちなのだ。映画では、いかにもニューヨークのヤッピーが好みそうなフランス・レストランのファサード。そこにヤッピーたちが集まって来る。たぶん、ヤッピーたちは、この映画のシニカルな内容にもかかわらず、そのファサードを見て、「この店はニューヨークのどこにあるのだろう? 今度、いってみよう」と考えるにちがいない。
 ところが、ドラマが終わって、カメラが引きはじめると、画面に意外なシーンが映し出される。何と、それまでニューヨークとばかり思っていたレストランは、パリのレストランだったのである。アルトマンは、この映画をニューヨークに模したパリのレストランで撮影していたのだ。この映画は、さすがにニューヨークでは当たらなかったが、パリでは大いに受けた。ニューヨーク・ヤッピーのパリ・コンプレックスが残酷なまでにパロディ化されていたからである。
 ヤッピーは、「健全」な精神の持ち主であるから、子供の教育のことも大いに気にする。ニューヨークにどんなに高級なマンションやレストランが出来たといっても、子供の教育環境は依然として「危険」がいっぱいだ。わたし自身の意見では、そうした「危険」さは、むしろ子供にとって有益なものをもっていると思うが、「健全」な考え方からすれば、子供が一人歩きを出来ないような街というのは、「まとも」ではないのである。ヤッピーたちの郊外志向が、七〇年代末から八〇年代の初めにマンハッタンに移り住んだヤッピーのカップルに子供が出来た時期に、急速に強まるのは、決して偶然ではない。
 郊外に行ってやることといえば、週末は都心に車を飛ばして高級レストランで食事して、芝居やオペラを見るとしても、日常的な娯楽としては、ヴィデオが手軽である。八〇年代を境にしてCATVは急速にチャンネル数を増やしたし、衛星放送も普及する。テレビは、もはや従来のダサイ全国ネットの「白痴番組」ばかりではない。こうして、郊外に逃れたヤッピーたちはヴィデオ/テレビ映像に「中毒」して行く。
 カウチポテトは、七〇年代の末から八〇年代の初めにマンハッタンのアブナイ雰囲気に惹かれてやってきたヤッピーたちが、ひとしきりニューヨーク・ボヘミアンのアブナイ生活を模倣したあと、「このままじゃ、仕事をやっていけない」ことを痛感したところで身につけた〈保身の文化〉である。つまり、コカインを吸う代わりにヴィデオを見るのである。それは、いかにも「安全」大好きのヤッピーたちにふさわしい転身である。
 しかしながら、一見コカインより安全に見えるヴィデオやテレビの電子映像にも危険な要素はある。のめり込めば、電子映像は、ときには麻薬以上の幻想効果や現実遊離の作用を発揮することもある。ヤッピーたちは、決してカウチの上で安閑としてはいられないだろう。最初は〈無害な麻薬〉だと思っていたものが、やがては『ビデオドローム』や『ゴースト・ウィーク』や『リモート・コントロール』の世界のような事態にヤッピーたちを引き込まないという保証はない。
 わたしの考えでは、新しい文化はつねに過剰さと過激さのなかで生まれる。ヤッピーがつねに二番煎じの文化でしかないのは、ヤッピーが我が身の安全ばかりを考えている「種族」だからである。ヤッピーは、ニューヨークのさまざまな文化を広めはしたが、それ自身では何も新しいものを作らなかった。
 カウチポテトにしたところで、電子映像に関係のある文化としては中途半端なものであり、たとえばジャージー・コジンスキーが一九七一年に発表した小説『ビーイング・ゼア』の主人公チャンスにくらべれば、まったくの子供だましである。この小説は、マス・メディアや心理学の専門家のあいだにも多くの反響を及ぼしたのち、一九七九年にハル・アシュビーによって映画化(邦題『`ャンス?寉Hされたが、ラジオとテレビを通じてしか「外界」を知らない主人公をピーター・セラーズが見事に演じたこの映画は、ニューヨークのインテレクチュアル・コミュニティで非常なリアリティをもって迎えられた。言い換えれば、チャンスのように電子メディアに深入りして「映像世界」と「現実」との区別があいまいになってしまうというのは、七〇年代末のニューヨークではすでに一つの現実であったということである。
 わたしは、当時そうした状況下のニューヨークに住み、それがいずれはニューヨークのクレイジーな小世界を越えて全般化するだろうことを予感しながら、やがて『メディアの牢獄』(一九八二)におさめられる諸々の文章を書いていた。ちなみに平野甲賀が装丁してくれた『メディアの牢獄』のブックカバーには、ヘッドフォンをつけ、リモコン装置を手にした男がラジカセを聴きながらテレビに見入っているイラストがデザインされている。
 そんなわけで、わたしは、「カウチポテト」現象には何の新しさも感じることが出来ない。電子メディアとわたしたちとの関係は、いまや、ブラウン管と目の関係を越えて、電子回路と神経系との関係に達している。たとえば、「ホロフォニクス」と呼ばれる分野では、音を通じて脳に直接映像を知覚させる実験が進められているし、また「エレクトロニック・メディシン」の研究も行なわれている。
 モニター・スクリーンのなかの世界を単なる「虚構」と見なすのは、もはや単純すぎるのであり、「現実」、「虚構」、「幻想」といった概念自体がもはやある限定のなかでしか通用しない事態が進行しつつあるのである。カウチのうえでのんびりしてはいられないのだ。
[ビデオドローム]前出[ゴースト・ウィーク]監督・脚本=ダニエル・ヘルファー/出演=ウベ・オクセンクネヒト、カタリーナ・ラーケ他/85年西独・スイス[リモート・コントロール]監督・脚本=ジェフ・リバーマン/出演=ケビン・ディロン、D・グッドリッチ他/87年米[再会の街]前出[ニューヨーカーの青い鳥]前出[チャンス]前出◎88/ 9/18『CREAT』




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