トランスローカルなウェブへ(16)

『マックパワー』1996年7月号

  原稿を書こうとしているところで、トンデもないことが起こ
った。何と、愛用のNeXTdimensionの画面がまっ白になったの
である。イーサでつながっているもう一台のNeXTstation turbo
 colorの方からアクセスしてみると、ファイルはすべて生きて
おり、本体は作動している。ヴィデオ回路だけがおかしくなっ
たのにちがいない。が、どちらのヴィデオ回路がダメになった
のか?
  NeXTdimensionというのは、NeXTのプロトタイプであるCube
にNeXTdimensionボードを差したモデルのことである。従って、
マザーボードにもモニター出力がついており、モノクロの表示
だけならば、dimensionボードはいらない。ただし、Intelの
i860 (33MHz) RISCのグラフィックプロセッサーを搭載した
dimensionボードは、NTSCヴィデオ入出力、genlockedヴィデオ
出力、S端子入出力、RGB出力をもっており、これがあればグン
と利用範囲が拡がる。実際、まえにも書いたように、わたしは、
NeXTdimensionをさまざまな作業に使ってきた。ネットワークサ
ーバーでもあるし、Indyのバックアップもこのなかに入れてあ
るのだ。それが、突然トラブルを起こしたのだから、心おだや
かではない。
  Cubeには、ただのCube (25MHZ)と33MHzのCPUをのせたCube 
turbo とがある。CPUは、ともにモトローラ68040である。Cube
という名のとうり、本体は、1フィート角のマグネシウム合金
の立方体で出来ているが、そのデザインは、frogdesin社のもの
である。匡体をマグネシウム合金にしたのは、CPUから発する
電磁波を吸収する率が高いからだという。コンピュータから出
る電磁波の問題は、一部では、人体にゆゆしい問題を起こすと
いうことが報告されながらも、あまりとり上げられることがな
いが、NeXTは、1989年の時点でそうした面にも配慮を怠ら
なかった。
  マザーボードが生きていることがわかったので、当面、モノ
クロ画面で使おうと思い、マニュアルでマザーボードのディス
プレイ・ポートの配列図を調べる。コネクターは、D-19型で、
その8がVSYNC、9がHSYNC、10がモノクロのヴィデオ信号出
力になっている。使っているナナオのカラーモニターには、ち
ゃんとVSYNCとHSYNCの端子があるので、そこにつなげばいわけ
だが、簡単にやるにはどうすればいいか?
  こういうとき、いちいちケーブルを買っていてはキリがない。
わたしがよくやるのは、メスコネクターに細い釘を差し込み、
そこにワニ口クリップ・コードで必要なオス端子につなぐやり
方だ。接続さえまちがえなければ、大抵はこれで用がたりる。
  さて、問題は、カラーモニターにはR、G、Bの3つの端子が
あるのに対して、マザーボードのヴィデオ信号出力は1本しか
出ていない点だ。それをカラーモニターのどこへつなげばよい
のか? 
  ちなみに R端子につないでみたら、モニター画面に真っ赤な
文字が現れた。G端子につなぐと、それがグリーンになる。B端
子ではブルーである。あたりまえといえばあたりまえのことだ
が、これをモノクロにするにはどうするのか?  知り合いに電
話してわかったことは、この3本を連結してやればよいのであ
る。考えてみれば、三原色を混ぜ合わせれば黒になるはずであ
る。こういう単純なことがなかなかわからない。
  一応これで、モノクロながら、もとのNeXTの画面に再会する
ことができるようになったのだが、どうも画面が見にくい。専
用モニターで見たCubeのモノクロ画面は、実に美しいものであ
ったが、いま見えている画面は、全体として不鮮明なのだ。手
元にはもはや専用モニターはないので、交換してみることもで
きない。
  ひょっとして、マザーボードのヴィデオ回路に問題が起きて
いるのかもしれない。とにかく、現状のモノクロ画面では、
『MacPower』の原稿は書けない。ほんの十数分、立ち上がり状
態を調べるために画面を見ていただけでも目が痛くなってしま
った。時間は迫っている。このような問題に関して、キャノン
は、もはや全然頼りにならないだろう。わたしの担当者だった
T は、会社に何度電話をしてもつかまらない。5年もまえに買
ったものの面倒を見させられるのもたまらないだろう。コンピ
ュータの5年は、人間の60年ぐらいに当るのではないか。
  とはいえ、わたしの場合は、「しょうがない」であきらめる
わけにはいかない。とにかく『MacPower』のしめきりが近づい
ているのだ。
  そこで、また、荒技を発揮することにした。イーサでつなが
っているNeXTstation turbo colorのHDと問題のマシーンのHD
とを入れ換えてしまおうというわけである。さいわい、こちら
の方は、最近、わたし以外には誰も使っていない。当初、
「NeXTってカッコいい!」なんて言っていたわたしの同僚も、
最近は、見向きもしない。先日も、訪ねてきた人にNeXTを触ら
せたら、動いているNeXTを初めて見たというその人は、開口一
番、「Windows95にそっくり」だと言ってくれた。たしかに、
外見は、MacintoshよりもNeXTの方がWindows95に似ていないこ
ともない。でもねぇ、ちょっと傷つくな。
  わたしが自宅から仕事場に通うために乗る電車の駅の近くに
日本リバテックという会社がある。通りに面したそのオフィス
のテーブルの上に、あるとき、NeXTstation turbo colorの姿
を発見した。そのときは、モニター上にスクリーンセイバーの
映像が映っていたが、その後も、それを誰かが使っているのを
見たことはなかった。そして、日がたつつれ、気づくと、モニ
ターには何の映像も映っていなかった。明らかに、電源が切ら
れているらしかった。そして、あろうことか、数か月後には、
モニターの前に何かのソフトとおぼしき箱が積み上げられるよ
うになった。それから、2年もたったろうか、最近は、通りす
がりにちらりとのぞくかぎりでは、どこにもあのNeXTstation 
turbo colorの姿は見えない。とうとうお払い箱になってしま
ったのだろうか?
  お払い箱といえば、かつて大阪大学は、1992年に、Black
 NeXTを一挙に388台も導入して話題になったが、今年の3
月、100台のSGIマシーン(OnyxやIndy) を日本シリコング
ラフィックスに発注した。これらのマシーンは、すべてネット
ワークで結ばれ、全学部の学生が使用できるはずであるから、
大阪大学のコンピュータ環境は、遅くとも1997年を境に
NeXTからSGIに転身することになる。いかにも時代を感じさせる
ではないか。わたしが聞いた話では、Black NeXTは、どのみち
今年でリースが切れるので、その大半が、いずれ中古市場に流
れるという。チャンスがあったら、買っておくのも悪くないか
もしれない。
  さて、HDを入れ換え、Dimensionボードから抜き取ったメモリ
ーをありったけ差し込んでやったNeXT station turbo colorは、
快適に起動しはじめた。ネットワークサーバーとしても問題な
く動いている。だが、困ったのは、NTSC のヴィデオ出力がなく
なってしまったことだ。くりかえし書いているように、コンピュ
ータは、可能なかぎりあらゆるメディアとリンクすべきだとい
うのがわたしの持論である。安いマシーンでも、リンクするこ
とによってそれまで考えれなかった能力を発揮する。逆に、ヴ
ィデオ装置の方も、そういう形でコンピュータとリンクされる
ことによって、飛躍的な機能を身につける。実際に、わたしは、
メディアをそういうやり方で使ってきた。だから、愛用してい
るコンピュータが、どこにでもあるヴィデオ装置とリンクでき
ないなんて、最低であると思うのだ。
  目下のところ、NeXTdimensionを細かく点検することができ
ないのだが、最悪の場合、何か代案を考えなければならない。
最近は、廉価の外付けスキャンコンバーターが色々出ているが、
NeXTの場合、水平周波数が61.27KHz、垂直周波数が68.4KHzと、
MacintoshやWindowsのよりも高いため、使えるものがない。
適合するものは、ン10万もする。年老いたNeXTのためにそん
な出費をする余裕はない。
  ここまで書いてきて、ふと、メールボックスをのぞいたら、
NeXTのことではいつも相談にのってもらうカリフォルニアのサ
ム・ゴールドバーグ師からメールが届いていた。それによると、
トラブルの原因は、Dimensionボードではなくて、マザーボード
の方かもしれないという。そして、テストの方法を個条書きに
し、うまくいけば、彼の方からチップを送り、こちらでボード
の修理をすることも可能だという。要するに、わたしが、半田
コテを握ってチップの交換をやれというわけである。
  う~ン、どうも深みにはまりそうな予感がする。NeXTのボー
ドは、想像に反して実にシンプルに出来ており、テレビやVTR 
などより回路が単純のように見えるが、いじりまわしているう
ちに、静電気でチップがパーになることもなきにしもあらずで
ある。コンピュータの内部をいじるのは、メモリーやHDの交換
ぐらいでやめておきたかったのだが、どうも、それだけでは済
まなくなりそうである。コンピュータよ、君はわたしをどこま
で連れていくつもりなのか? いや、世迷言は言うまい。「世界
の果てまで連れてって」――下さい。