トランスローカルなウェブへ(13)

『マックパワー』1996年4月号

  部屋の模様替えや引っ越しが好きなわたしは、コンピュータ
に関しても、ソフトの総入れ換えというのをときどきやる。デ
ィスクの内部は、小まめに片付けていないと、すぐに荒れ放題
になり、容量の大きなハードティスクをつけておいても、じき
に一杯になってしまうので、小まめでないわたしには、これし
か手がないからだ。
  OSがヴァージョンアップされたとき、不可避的にハードディ
スクの容量が足りなくなったとき、とにかく現状を変えたいと
き・・・、OSの再インストールをやると、気分が爽快になる。
ときには、うっかり重要なファイルを消してしまって泣きを見
ることもあるが、それもまた人生と思ってあきらめる。
  先日、わたしが、IndyのHDDの増設をくわだてたのも、その
ような再出発の欲求にかられてのことだった。信じられないか
もしれないが、わたしは、この2年間、先月号飯田隆之氏が紹
介されていたのと同じIndy R4600PCを最低規模の535MBHDDで使
ってきた。データ類はイーサでつないだ他のマシーン3台に分
散して置いてあるので、本体のHDDの容量が少なく(但し、RAM
は64MBを積んでいる)ても、何とかやれたからである。
  しかし、Silicon Graphicsという会社には、まるでMacユーザ
ーがたえず自分のマシーン環境をカスタマイズし、機能の改善
をはかるのに熱心なように、OSのバグを小まめに除去し、さり
げない魅力的な付加機能をつけ加えることに熱心なプログラマ
ーがいるらしく、4カ月に1度ぐらいの割合で、楽しみ満載の
Desktop Special EditionというCD-ROMを送ってくる。ゲーム
ソフトや F&Qのデータベースがいっしょに届くこともあるし、
昨年は、2度にわたって日本語システムのヴァージョンアップ
もあった。 VRMLナヴィゲイターのWebspaceや HTMLオーサリン
グ・ツールのWebMagic、NetscapeのSGIヴァージョンなども、
みなこうしたCD-ROMパッケージで提供される。こうなると、
それらを片っぱしからインストールして試してみたくなるじゃ
ないですか。
  そこで、HDDを増設しようと、情報を集めはじめたのだが、
すぐに行き詰まった。内蔵ディスクを売っているところがな
いのである。むろん、NSG(日本シリコングラフィックス)で
ならば、純正のやつが手に入る。しかし、その値段は2Gの内蔵
で35万円、外付は48万もする。とても尋常の沙汰ではない。
なかに入っているものは、どう見てもごくあたりまえのHDDな
のだが、ほかでは売っていないのだからしょうがない。
  NSGにかぎらず、ワークシュテーションにはまだ奇怪なポリシ
ーがあって、原則的にマシーンの内部をユーザーがいじること
を禁じている。NSGの場合、内蔵HDDやSIMMを純正品でないもの
で増設・交換したときには、それらとは無関係の故障でも、受
け付けられないということになっている。現実には、あとから
付けたサードバーティ製の製品を全部取りはずしてから点検し
てもらうという方法をとる。これは、独占的なやり方であるだ
けでなく、いまの現状から遊離している。
  そのため、Indyをあつかっている業者がすすめるHDDは、みな
外付けとなる。が、これにしても、「Indyは相性が難しいので」
とかいう理由で、同程度の容量のものとくらべると割高である。
たとえば、秋葉原の亜土電子工業でIndy用として売っている外
付けの2GBのHDDは、148000円である。まあ、「Indyは普
通のパソコンとは違うから」といった神話をすんなり信じるこ
とができれば、5万ぐらい割高でもこの辺で手をうつのだろう
が、わたしは神話というものを信じない。
  で、何をしたかというと、Indyの外蓋を開き、HDDの上にくっ
ついているフレームをはずして問題のHDDの会社名を調べてみた。
黒いボディには、Seagate ST-3610Nという名が見える。何だシ
ーゲイトか、と思ったが、まだこの時点では、「これはSGIの特
注品かもしれない」という思いがあった。
  数日後、秋葉原に行った折、Seagate の HDDをあつかってい
る店でこの製品があるかどうかを尋ねてみた。ところが、どこ
にもない。「やはり」という気がしてきたが、まだあきらめる
気にはならない。店によっては、まず「マシンは何ですか」と
尋ねられ、「Indyです」なんて言おうものなら、とたんに「そ
れは、ダメです」と相手にされなくなる。これにこりて、以後、
マシン名を聞かれたら、「UNIXです」と答えることにした。こ
れでも抵抗があるが、Indy よりはマシであった。
  秋葉原からむなしく帰ってきた日、Indy 関連のソフトやハ
ードをあつかっているという会社があることを知り、電話して
みた。電話に出てきた人は、とても親切で、外付けのHDDを付
けることが一番得策だと言うのだった。そこでも、値段は「お
安くして」15万ぐらい。SGIの製品を日本で売る以上、NSGの
ポリシーに従わざるをえないことは重々承知していたが、相手
の親切な反応に便乗したわたしは、こんな質問をした。
  「あれって、Seagateの製品ですよね。だったら、内蔵のを
替えてもいいなじゃないですか? もとのはとっておいて、
NSGのエンジニアに見てもらわなければならないときにはまた
付け替えればいいんでしょう?」
  だが、ものわかりがよさそうなその人が言うのは、「Indyに
入っているSeagateのHDDは、サイズが違っていて、ホールダー
を作り直さないと入らないんですよ」と言った。これは、なか
なか説得力があった。やはり、外付けを買うしかないという気
がしてきた。しかし、どこか釈然としないではないか。
  それからしばらく伸展のない日が続いた後、ある日、ふとひ
らめいたことがあった。それは、秋葉原でSeagateのHDD を並
べている店が、わたしの知るかぎりでも5軒ほどあるが、そう
いう店に行けば、Seagateの製品一覧か何かのデータが必ずある
だろうということである。そこで問題のST-3610Nがどのような
特性(スピードやアクセスタイムなど)をもった製品なのかを
たしかめ、在庫している(本誌の広告にも載っている)
ST-32550Nなどと互換性があるのかないのかを凡そ判断できるだ
とうと思ったのだ。
  だが、実際にそれをやってみると、不思議なことに、どこの
店に行っても(HDDを外付けボックスに収納するサービスをや
っているようなところでも)データなどないと言うのである。
まあ、そう言ってしつこいオヤジをやっかい払いしたのかもし
れない。「データでは同じように見えても、HDDは相性がけっ
こう微妙なんですよ」と言う店の人もいた。また「相性」であ
る。
  わたしは、マシンに「相性」なんてものはないと思っている。
人間同士であれ、「相性」なんて言葉で関係を運命論化しない
でもらいたいと思っている。まして、マシンに対して「相性」
なんかを持ち出すのは、機械を擬人化し、機械が持っている
〈操作可能性〉というものを放棄しているにすぎない。
  こうなったら、徹底的にやってやる――と、映画『スキャナ
ーズ』の主人公のような面持ちで仕事場に帰ったわたしは、 
Indyの前に座り、インターネットにアクセスした。もし、
Seagateがホームページをもっていれば、メールのアドレスか
電話番号を知ることができるだとうと考えたのである。あてず
ぽうでhttp://www.seagate.com/と入れてみる。
  ところが、これが一発でつながったばかりか、ここにちゃん
としたデータがあったのだ。Productsのポインターをクリック
すると、ずらりと製品番号が並んだなかに、ST-3610Nがあるで
はないか! 一体、「特注品」という神話はどこから生まれた
のか?!
  データをダウンロードして、比較してみると、Indyに入って
いるST-3610Nは市販のST-32550Nより古いタイプで、スペード
も遅いが、レコーディングの方式やインターフェースは同じだ。
そして、笑ってしまったのは、両者は外形のサイズがぴったり
同寸法だということであった。サイズが特殊だなんて、一体誰
が言い出したのだろう?
  ここまでやれば、たとえうまくいかなくても、NeXT やMacで
使えばいいいという気になり、秋葉原に出かけた。すでに、
Seagateをあつかっている店は一通り見ているので、どこが一番
安いかわかっている。保証がちょっと不安な感じがするが、
OVERTOPで「Mac用」として売られているST-32550Nを外部ケース
込みで96560円で買う。ケースは、もしもの場合、別のマ
シンで使うためだ。本体は、税込みで89000円程度である。
「お墨付き」のサードパーティ製の半分強、純正の4分の1で
ある。
  持ち帰ってすぐにテスト。外付では、問題なく認識され、1
時間ほどでフォーマット完了。これで、補助ディスクとしては
使えることが確認された。が、次に、Indyの純正ディスクを取
りはずして、そこに、これまたケースから本体を取り出し(と
いってもドライバー1本でできる)ST-32550Nを入れてみる。
う~ん。今回はうまくいかない。作動はするのだが、連結して
あるCD-ROM ドライブを読まなくなってしまうので、インスト
ールが出来なくなってしまうのだ。おそらく、純正では、パリ
ティチェックなどをする設定がなされているらしいが、ジャン
パ線の部分の形式が違うので、簡単には踏襲できない。Indyは
毎日使っているので、あまりこのことで手間どることはできな
いので、内蔵ディスクを入れ換えてしまうのは、今後の課題と
することにした。
  これには、後日譚がある。2台のHDDを一連のディスクとし
て使える「ロジカル・ボリューム」を設定し、一挙に 2.5GB
となったわがIndyに、いままで試すこともしなかった日本語
システムやさまざまなサービス・ソフトをフルインストール
して、新たなIndyざんまいにふけるようになったある日、ふ
と、確か英語のマニュアルには、Indyの内部にもう1台HDDを
収納できるということが書いてあったような気がして、しまい
こんだIndy Workstation Owner's Guideを開いてみた。すると
、そこには、もう1台のHDDをそこの部分に収納するやり方が
詳しく書いてあるではないか。もともとのHDDの上には予備の
取り付けスペースとSCSI/電源ケーブルがちゃんとついていた。
早速、またST-32550Nをケースから出して、そこに収める。これ
で、不格好な外付ディスクともおさらばとなったわけだが、そ
れにしても、この間のわたしのムダな苦労(楽もあったが)は、
日本の販売店のポリシーの基本に原因があるように思うが、ど
8うだろう?