『マックパワー』1995年11月号
UNIXは、トランスローカルな時代には最適のOSだと思うが、 その割に一部の専門的なユーザーの世界を越えて流行すること がないのは、なぜだろうか? ここで「トランスローカル」と言う意味は、以前にも書いたよ うに、ローカルがローカルでありながら、かつローカルの狭い 枠に閉じこもらず、他のロカーカル・サイト(それが、地域社 会であれ組織であれコンピュータのサイトであれ)と横断的( トランス)にリンクしあっているということである。UNIXは、 まさにそのようなことをコンピュータの世界で実現するために 生まれたのであり、それをさらに推進する可能性をもっている。 だから、トランスローカルであるということはどういうことな のかをコンピュータを通じて知ろうとするならば、UNIXのどれ かのシステムとつきあってみるのが一番よいだろう。 だが、現実には、UNIXの可能性を殺してしまうばかげた条件 が多すぎるように思う。 これまでUNIXの世界を仕切ってきたのはSUNである。それは、 単にそのマシーン+OSが一番多く使われてきたためなのだが、 とにかくSUNがUNIXの標準路線を形作ってきた。わたしのよう に、NeXTというUNIXの「異端」とつきあってきた者は、SUNの ユーザーから見るとうさんく見えるらしく、SUNのユーザーか らは、「NeXTねぇ、一応は楽しめるけど・・・」といった嫌 みを聞かされてきた。MacのユーザーがDOSや98のユーザー から白い目で見られる(いまは少し変わってきたと思うが) のに似ているが、SUNのユーザーにはもっと特権的な技術至 上主義が加わるのだからもっと始末が悪い。 HotJavaという新しいインターネット・ブラウザがSUNで開発 され、そのベータ版がFTPサイトで手に入ることを知って以来、 一日も早くそれを試してみたいと思い、一旦NEXTSTEPをインス トールしたSUN SparcStation 4にSUNのOSであるSolaris2.4 を インストールする準備を始めた。部品もソフトもパソコン用と 変わらぬ値段で手に入るのだが、特定の代理店を通さないと買 えない(これが、SUN の圧倒的普及を可能にしたと同時に、一 般ユーザーにとってはUNIXへの壁を作ることになった)という システムのために、内蔵CD-ROMとSolaris2.4を手に入れるのに 1カ月以上を費やし、さてインストールを始めようとしてびっ くり。 普通どんなソフトでもインストールの仕方や使い方について のマニュアルがついてくる。ところが、SUNの場合は、インス トールについては中途半端な説明をした小冊子しかついていな い。しかも、どうみてもあとから付け加えたとしか思えないリ ーフレットがたくさんあって、あっちを読み、こっちを読みと いうことをしないと全体がつかめないのである。が、何とか要 領をつかみ、インストールを済ませ、FTPサイトから取ってき たNetscapeを走らせてみた。これは、難なく動いた。しかし、 肝心のHotJavaは動かない。ベータ版なので何か手心を加えな いのとダメなのかと思ったが、バンドルされている他の機能も おかしいような気がする。 仕方なく、サンマイクロシステムズに電話してみたが、 HotJavaのことはわからない。会社の人は、SUNの業界の事情を 全然知らない異分子にとまどいながら、すまなそうな声でこん なことを教えてくれた。そもそもSUNに関する質問は、保障契 約をしたユーザーのみがサポートセンターのサービスを受けら れるという。詳しいマニュアルはあるが、別売りで定価6万4 000円もする。しかも、その上、「普通、初めてのユーザー は講習会を受けていただくんですけどね」という。なるほど、 これこそが、SUNがUNIXの業界を制覇したやり口なのだ。マシ ーン+ソフトは比較的安い。複数のマシーンを購入するためな ら、余分なマニュアルや部品の代金を節約できるから経済的で ある。しかし、単体で購入するユーザーにとっては、決して安 くはない。すべてがエンドユーザーよりも組織優先の商法なの だ。 それならば、わたしのようなエンドユーザーには売らなけれ ばよかったわけだし、最初からそのことを警告してくれればよ いのである。このやり方には全く納得がいかなかったが、まあ、 まだ本国でも実験段階のHotJava、しかもそのベータ版の文句 を日本支社に向けても無理だろうと自分を納得させた。しかし、 これであきらめるのはシャクではないか。そこで、無統一な小 冊子を苦労して読んでみた。すると、パッチのインストールと いうことがやけに強調されているのを発見した。パッチという のは、すり切れた服をつくろうために当てる小さい布切れのこ とであり、要するにOSのバグを修正するための補助プログラム である。どうやら、SUNの場合は、バグが沢山あり、OSをただ インストールしただけではダメらしいのである。 そこで、Solaris2.4のCD-ROMのなかを調べると、パッチのデ ィレクトリーとパッチインストーラーというのがあることがわ かった。えぇ~? パッチをはめるのにインストーラーまであ るのか、と思ったが、便利なものは使わせてもらおうと、そい つを起動させた。ところが、またしてもびっくり。途中まで進 んだパッチ・インストールが、空きスペースの不足で蹴られて しまったのである。ということは、Solaris2.4をインストール したとき、ハードディスクのスペースを自動で区分けさせ、パ ーティッションを切らせたのだったが、それがマズかったとい うことである。つまり、OSのインストーラー自体にバグがあり、 十分なスペースを空けるように手動で設定をしなければならな いということである。結局、本体のインストール自体をやりな おさなければならないのだった。 恐るべきことに、Solaris2.4 にはバクが1000近くあり、 それらを修正するパッチの数は182個もあるのだった。だか ら、パッチのインストールだけで1時間もかかる。すごいでは ないか! これを同じCD-ROMにパックし、出荷してしまう精神。 なぜ、パッチをはめたものをパックしないのだろうか? UNIX には、部品を提供してユーザーがそれらを自分で自由に組み合 わせるといった基本的なコンセプトがあるが、バグフィックス などを苦労してやることにどんな創造性があるというのか? そ んなことは、単なる杜撰さ以外のなにものでもないだろう。こ ういうのが、UNIX のメインストリームを形成しているのだから、 UNIXが十分な展開を遂げられないのはあたりまえである。 問題のHotoJavaは、パッチのインストールを終え、もう一度 走らせてみたら、ちゃんと動いた。それで少しはむくわれた気 持ちになったが、それにしても このHotJavaは期待はずれであ った。画像や音が立ち上がるとき、MosaicやNetscapeのように 別枠でではなく、同じウィンドウのなかで処理できるのと、ブ ラウザ内で立ち上がっているプログラムの中身をすぐに表示す る機能があるだけで、VRMLのような3Dの映像が見れるわけでも ないし、まだこれといった特徴は感じられない。HotJavaとい う言語には可能性があるのかもしれないが、それで書かれた最 初のサンプルがこれでは、なさけない。 わたしはこれまでNeXTを愛用してきたが、あるコンピュータと そのOSとがコンピュータの未来を開くポテンシャルをもってい るかどうかという点では、NeXTも確実に時代遅れになりつつあ る。以前から不思議でならなかったことだが、NeXTユーザーの 大半はWWWブラウザとしてNetscapeやMosaicを使わず、 Lighthouse Designが提供するOmniWebを使っている。それは、 NetscapeやMosaicも、NeXT用のものを提供していないからであ るが、なぜそうなのかがわからない。また、Mosaicの初期バー ジョンよりも劣るくらいダサいデザインで、スピードも使い勝 手もよくないOmniWebにNeXTユーザー文句を言わないのも不思 議だ。Mosaicは、XNeXT用のソースをFTPで提供していたから、 NeXTをX Windowマシーンとして使ってMosaicを立ち上げている 人もいるのだろうが、これが、Mosaicでありながら、恐ろしく わびしい感じの画面と使い勝手なのである。 1990年の11月にCERNのティム・ベルネ=リーらが立ち 上げた世界最初のWWWは、ほかならぬNeXT上でであった。だか ら、NeXTは、 WWWにとって重要な役割を果たしたわけだが、 その後のWWW史は、決してNeXT上では展開されていない。これ は、コンピュータ界におけるスティーヴ・ジョブズの姿勢と無 関係ではないような気がする。 最近来日した際の彼の発言にもあったが、NeXT社は、もはや エンドユーザを相手にはしなくなっている。かつてスティーヴ は、NeXTがSUNタイプの「ワークステーション」でも、また「パ ソコン」でもなく、「インターパーソナル」なコンピュータな のだということを力説し、1992年8月に出たNeXTSTEP3.0 のデフォルトのメールボックスには、スティーヴの声と顔がア タッチされたメールが入っていたが、この「インターパーソナ ル」というコンセプトは、NEXSTSTEPがDOS PCに乗るようにな ってからは言われなくなってしまった。 いまのスティーヴからすれば、Netscapeが使いたければ、す でにPC上にNEXSTSPEPが乗っているのだから、DOSに切り替え てNetscapeを立ち上げればいいじゃないか、というのだろう。 が、NeXTの未来的インパクトはBlack NeXTにあったし、それ を押し進めていった場合、NEXTSTEPがDOSマシーンとの分業体 制を認めるという発想は絶対に出てはこないはずなのだ。 NeXT社は、去る8月、WWWのアプリケーションを開発するため の環境WebObjectsを発表したが、それを報じているwww.next.com のホームページは、これを使えば5倍から10倍の早さでソ フト開発が出来るということをまずうたっている。NeXTは、 かつてはエンドユーザーにも自前でソフトを作る楽しみを味 あわせてくれた。それだけ、「素人」対「玄人」の二分法を 脱却していたわけだがが、たとえばSUN上で動くDevelopper 環境が定価59万8000円といったようなことになると、 NeXTでプログラミングをできるのは、ソフト組織だけになる。 しかも、れですごいことができるというのなら、大枚を払うか いもあるだろうが、少なくともヴィジュアルや通信の面では Indyがバンドルソフトで難なくこなしていることも実現不可能 なのである。NeXTの先導的機能は確実に終わった。