トランスローカルなウェブへ(7)

『マックパワー』1995年10月号

  VRML (Virtual Reality Modeling Language) のことを知った
のは、今年の4月にデイヴィッド・ブレアからもらったEメール
によってだった。それは、すでに前年から開始されていた『WAX
プロジェクト』の新展開を知らせるもので、彼が製作・主演し
たディジタル・ムーヴィ『WAX』からの5000駒のカラーショ
ットと英仏独日語のサウンドトラックとからなる「パーツキッ
ト」に加えて、今度は、VRMLで書かれた3Dのインタラクティヴ
な画像部品を250個加えたというのだった。これらは、ヴァ
ージニア大学のサイト(http://bug.village.virginia.edu/vrml) 
に置かれ、ユーザーは、そこから自由に好きな「パーツ」を取
り出して、『WAX』を再構成できる。
  わたしは、『WAXプロジェクト』の 1.0 のことは、彼から見
せられ、また自分でも彼のサイトにアクセスして、よく知って
いたが、今度の 2.0 は、見当がつかなかった。というのも、
この時点では、VRMLというものが一体どんなものであるかがわ
からなかったからである。
  そこで、ネットを走りまわり、VRMLと名のつくサイトを片っ
端からチェックしてみた。少しわかったことは、VRMLのプロジ
ェクトは、1993年にマーク・ペシとトニー・パリシとがVR
とネットワークを結びつけるために始めた研究に端を発し、
やがてこれにWIREDマガジンのブライアン・ベーレンドルフが
加わって進められたのだった。そして、この言語は、SGI(シ
リコン・グラフィクス)社の Open Inventor のascciiファイ
ル・フォーマットとほとんど同じであり、実際にSGIが深く関
わっているということであった。
  それならば、わが Indy でVRML画像が見れるはずだ。そん
な期待に胸をはずませながら、SGIのサイト(http://www.sgi.com/)
 をのぞくと、なるほど、WebSpaceというVRMLブラウザのための
ページがあった。しかし、それをどこからダウンロードしたた
らよいのかわからない。さんざんウェブの〈路地〉をうろつい
たあげく、これを使うには、いくつかの 予備ファイルと 
Netscapeの1.1SというNetscapeのSGIヴァージョンもいっしょに
ダウンロードしなければならないことがわった。が、そのセッ
トは、容量が 5 MBもある。元来、セットものが嫌いなわたしは、
ここでちょっと気勢をそがれることになった。折りしも、それ
から10日あまりして、先月号で触れたVR会議のために日本を
離れることになり、WebSpaceのテストは、おあずけになってし
まった。
  サンノゼの会議でも、VRMLはもっぱらの話題で、「インター
ネットとVR 」というセッションでは、オーエン・ロウリーとい
う人がVRMLの現状について話をした。また、会議が終わって、
ペーパー・タイガーTVのディーディー・ハレックに会うために、
サンディエゴに足を延ばしたとき、彼女が教えるカリフォルニ
ア大学サンディエゴ校に招かれてちょっとしたレクチャーをや
らされたが、その席にこの大学のスーパー・コンピュータ・セ
ンター(SDSC)でVRMLの研究をしている学生が来て、VRMLの可能
性を目を輝かせながら語った。実際、SDSCは、VRMLの研究では
群を抜いており、そのサイト(http://www.sdsc.edu/vrml/) に
は、VRMLで書かれた wrl ファイルが多数置かれている。
  はからずも、わたしは、この旅でVRML熱を一層かきたてられ、
日本に帰ったら、すぐにWebSpaceを使ってみようと思った。と
ころがである、それからわたしは、あのISDN騒ぎ(8月号参照)
に巻き込まれ、WebSpaceどころではなくなってしまったのだっ
た。
 そんなわけで、6月の後半になって、わたしは、ようやく
WebSpace の一式セットをFTPし、インストールした。最初、内
容もわからずに5MBもの tar ファイルをもってくるのはイヤだ
と思ったのだが、インストールしてみたら、その内実は楽しみ
にあふれていた。まず、Nの代わりにSGIの Powerflip マーク
が回転する Netscapeの1.1S。それから、WebMagicというHTML
ファイルを簡単に作れるエディタ。どんな画像もドラッグ&
ドロップでもってくると、gif に変換され、位置決めもできる。
そのほか、まだまだ「おみやげ」が色々入っていたが、ivToVRML
をいう、Open InventorのファイルをVRML形式のファイルに変
換するコンヴァータもあった。これがあると、Indyで簡単に
RMLファイルを作ることができるのだ。
 しかし、WebSpace の準備を整え、Netscapeの1.1Sでいくつか
のVRMLサイトにアクセスしてみてまず感じたのは、現在試作さ
れてサイトに置かれているサンプルが単純なものばかりである
ことだ。WebSpace を使うと、そこに取り込まれた3Dの立体を
回転/ズーム/タンブル/パンしながら見ることができるのだ
が、問題の立体が、ただの鉛筆や模様のついた球であったりで、
全然おもしろくないのである。そんなものを回してもどうとい
うことはない。なかには、壁に絵を並べたギャラリー空間を入
念に構築したようなものもあるが、容量が大きく (約 2MB) な
って、動きが悪い。WebSpace は、ウォ-クスルーとは違って
立体をあらゆる角度からなめるように見てしまうので、せっか
くのギャラリーも、その安普請の楽屋 (!?) まで見えてしまう
のだ。こんなものならば、わたしにも作れるだろう。
 Indyには、Showcaseという自慢のアプリケイションがバンド
ルされている。Indyのユーザーは、これを使ってプレゼンをし
たり、ディジタル・ムーヴィまで作る人がいるが、わたしは、
なぜかこれを使うのを敬遠してきた。近年、講義やプレゼンの
ためにハイパーメディアライクなソフトを作ることが多いのだ
が、これまでわたしは、もっぱらNeXTを利用してきた。主とし
てDrawを使い、文字・図表・画像を組み合わせ、ScreenScape
というアプリケーションでヴィデオに落としていく。
ScreenScapeは、NeXTの画面をスルーでヴィデオに流してくれ
るから、説明のためにDraw の画面上で文字を書いたり、画像
を拡大したりするプロセスをそのままヴィデオに録画すること
ができる。NEXTIME をいうMacintoshのQuickTimeムーヴィも
再生できるソフトを同時に立ち上げて、その画面を説明の文字
のそばにもってきて、説明に色を加えることができる。だから、
わたしは、Showcaseがプレゼンにどんなに効果を発揮するとし
ても、あえてそれを使う必要がなかったのである。
 Showcaseには、これ以外に、3D Gizmoという3D作成の機能も
ある。むろん、それは知っていたが、実の所バカにしていた。
ろくに使ったことがなかったのだが、それというのも、これま
で3Dのソフトにはうんざりしてきたからである。要するに「安
かろう、悪かろう」の世界で、バンドルされている3Dソフトで
使いものになるものなど、皆無だった。ちなみにNeXTにも
RenderManというのがついているが、これで友人が苦労して作
ったCDを見たが、ホメ言葉が見つからなかった。
 それにもかかわらず、今回、Showcaseの3D機能を使ってみる
気になったのは、これで作ったOpen Inventorファイルが簡単
にVRMLに変換できる条件を獲得したからである。どうも、わ
たしは、通信とかネットワークの方からうながされないと、
何事にも興味をもてないらしい。で、Showcase を立ち上げ、
まず、簡単な台を作り、その上にいくつかの立体を乗せてみ
た。それらに色をつけ、iv (Open Inventor) 形式でセーブ。
これを、ivToVRMLで変換。さて、どんなVRML画像が姿を現わ
すか?
 WebSpaceのローカルファイルに呼び込んだわたしの「作品」
は、なかなかのものだった。ネットサーフしてながめたヤツ
よりははるかにいい。何だ、簡単じゃないか。わたしは、初
めてHTMLファイルを作ったときのようにゴキゲンだった。そ
して、それ以来、Showcaseの魅力にもとりつかれてしまった。
この3D機能は生半可なものではなく、3次元形状をオークツ
リー表現のような画面と数値ウィンドウでチェックしながら
修正できるgviewというツールもあり、PhotoshopやDrawで2
次元の画像を描く程度の操作で3Dを作れてしまうのである。
このため、一時は、VRMLのことを忘れて、Showcaseにはまっ
てしまった。
 WebSpaceは、現在、SGI、Windows NT、SUNで走り、近々
Macintosh Power PC、Windows 3.1、IBM AIX、Digital Unix、
HP/UX用のヴァージョンも出ることになっているが、その基
本は、Showcase で作った3Dを表示するブラウザ ivviewをネ
ットワーク対応にしたものにすぎない。しかし、VRMLのため
に3D画像を色々作ってみてわかったのは、3Dというのは、い
わゆるCGで考えられているような、単に2次元画像を立体に
したものなどではなくて、もっと別のものであり、何よりも
まず、現在われわれが使っているウィンドウ型のブラウザ自
身と決別したがっているということである。
 3D画像が求めているのは、そうした〈見られる〉ための〈窓〉
ではなくて、自分と〈感応〉し、一緒に動いてくれる手や身
体を媒介するインターフェイスである。それは、すでにVR の
世界で実験されつつあるが、それがエンドユーザ・レベルで
実現すれば、キーボードとモニターによって構成されている
現在のコンピュータは完全に姿を変えるだろう。VRMLはその
穂端になるか?