トランスローカルなウェブへ(5)

『マックパワー』1995年8月号

s  コンピュータを使うということは、〈何かのため〉であるよ
りも、〈何かへ向かって〉なのかもしれないと思うことがよく
ある。重要なのは、それで「将来」何かを実現できるかどうか
ではなくて、それで《いま》何が変わるかなのである。コンピ
ュータの本来的な機能はweaveし、linkすることであるから、
コンピュータに何かを接続すればそれだけ、新たな世界を開き
、そして「存在の耐えられない軽さ」を倍加することになる。
それは、まさに哲学と同じように、世界を複雑化し、重層化す
るだけなのだが、この「余分」なことによって、世界はまた、
華麗さや生動性を獲得しもする。

  だから、わたしは、コンピュータを使いながら、その多くの
時間がその〈道具目的〉からすると無駄に思えるようなことで
費やされるのをむしろ喜びと感じる。おそらく、そのようなア
プサードな(不条理でバカげていて滑稽な)側面は、コンピュ
ータの「進歩」によって早晩解消されるに違いない。が、コン
ピュータがその語の本来の意味での道具となるとき、コンピュ
ータのもつコミュニカティヴで創造的な側面も終わりをとげる
だろう。コンピュータがどこかで利潤や効率と相反する性格が
あることを本質的なこととみなすこと。利潤の増殖と効率の上
昇に基礎を置く近代資本主義の終焉をいまのコンピュータ現象
のなかに見出すこと。

  それにしても、この数週間、コンピュータに振り回され、そ
の〈道具目的〉とは無関係の作業に追われる毎日だった。

  まず、SUNとの一件。えー、粉川さんがどうしてまたSUNなん
てダサいコンピュータを?!と言われるかもしれないが、それ
がですね、この4月に出たSUN SPARC STATION 4 (SS4)は、15
インチのモニター、キーボードが付いて定価54万円というパ
ソコン並みの価格でありながら、その上でNEXTSTEPが走るとい
うしろものなのである。
  NEXTSTEPは、すでにIntel版のDOSマシーン上で走るようにな
って2年目になるが、安定した動作を期待すると、何やかで1
00万はかかり、Motorola版(Black NeXT)の愛用者のあいだ
では、NeXTはやはりPCじゃなくて、WSでなくちゃという信念が
はびこっている。
  昨年、わたしは、新宿のNSビルの展示会でNEXTSTEPをのせた
RISCワークステーションHP900  700シリーズを見たが、外観こ
そ違うとはいえ、往年のBlack NeXTをそのままスピードアップ
したような感じの――つまり全体的にパワフルで、かつ優雅な
――動作で、いたく感動した。しかし、お値段の方は、個人ユ
ーザーには高すぎ、かつてNeXTcubeがそうであったように、ち
ょっと買ってみるというわけにはいかなかった。
  もっとも、HPより少し早くSUNのワークステーションでも
NEXTSTEPが走るようになっており、値段の点ではこちらの方が
安いから、DOSマシーンの代わりにSUN の SS20 や SS5 を選ぶ
という方法もあったわけだが、何せ外観がダサい。これじゃ、
よほど値段が下がらなければ、買う気にはならないね、という
気がした。ところが、今回、その「よほど」の値段のSUNワーク
ステーションが登場したのである。50万以下でWS NeXTが手に
入るとなれば、落ち着いてはいられない。NeXTがもう1台必要
になっていたわたしは、早速、SUN SS4を取り寄せることにした。
さいわい、キヤノンからNEXTSTEP 3.3Jのプレリリース版を借り
ることができたので、インストールとテストに及んだ。

  ところがである。すぐに届いたSUNマシーンの梱包を開け、ケ
ーブルをつないでみて途方に暮れた。モニター画面にはカーネ
ルの情報がひとしきり現われたのち、OKという文字が出たまま
止まっている。helpとコマンドしてみたが、何も出ない。普通、
OSがプレインストールされているものだが、ハードディスクのな
かには何も入っていないらしい。付属で付いてきたSolaris 2.4
かくだんのNEXTSTEPをCD-ROMドライブからインストールしなけれ
ばならないわけだが、その方法は? あるいはひょっとして、
Solaris 2.4はインストール済で、何か初期コマンドを打ち込めば、
それが一気に立ち上がるということだってありえよう。ところが、
このマシーンのボックスにはどこをさがしてもマニュアルが入っ
ていないのである。
  ワークステーションには、普通、捨てたくなるほどぶ厚いマニ
ュアルが何冊も付属してくるのに、このマシーンにはそれがない。
キーボードや本体背面の端子類の説明をしたチラシ一枚ついてい
ない。ひょっとして、梱包からもれた可能性もあると思い、会社
に電話する。しかし、名前をしつこく聞かれた上で得た答は、要
領を得ず、そういうことは購入先を通してくれの一点張り。が、
購入先のキャノ販は、担当者がつかまらない。そんな基礎的なこ
とは電話で教えてくれてもよさそうなものだと思うが、制度上そ
うはいかないらしい。数時間後、ようやく捕まえたキャノ販の
「SUN係?」から、やはり本体のHDには何もインストールされて
おらず、OKという表示のあとにinstall cdromと打ち込めばCD-ROM
ドライブからインストールできることを教えてもらう。マニュア
ルが別売りになっていることも知ったが、これは、その分価格を
下げているのだろうから、納得できた。

  気がかりだったのは、SUNのマシーンでMacintoshのCD-ROMドラ
イブが使えるかどうかであった。わたしは、外付けのCD-ROMドラ
イブは、これととIndy用のものしかもっていない。愛用の
NeXTdimensionではMac用のを使っている。SUNに電話したとき、
このことも尋ねたが、これについては、言下に「パソコン用のも
のはダメですよ」と言われてしまった。しかし、この手の言説を
信じないことにしているわたしは、ためらわずにMac用のドライ
ブを接続した。
  SUNを買ったのは、Solarisを走らせるためではないが、せっ
かく付属しているのだから、NEXTSTEPを入れるまえに試してみ
よう。ところが、心配した通り、「ドライブを認識できない」
という警告が出てしまった。この分ではIndy用でもダメだろう。
定価で10万円程の純正のドライブを買わなければならないのか? 
 ちなみに、Black NeXTではndy用のドライブは動かない。
  しかし、発作的にSolaris 2.4を抜き出してNEXTSTEP 3.3Jを挿
入し、install cdromとコマンドしてみた。ところがである。これ
が、起動してしまったのである。モニターにぐんぐんデータが表
示され、幾つかの確認があったのち、自動インストール態勢に入
った。NEXTSTEPでおなじみのファイル名がモニター画面の上部に
次々とテロップのように現われる。50分ほどで基本システムの
インストールが終了した。やれやれ、コンピュータに関しては、
何でもやってみるものである。
  エピローグ。SUN-NeXTを使いはじめて、慌て者のわたしは、
このマシーンではあのNeXT特有の音機能が全く作動しないこと、
フロッピーディスク・ドライブが付いていないことに気づくが、
これは、別売りのオーディオ・モジュール(X496A)とFDドライブ
(X560A)をトータル5万円ほどで購入して解決した。NEXTSTEPを
のせたSUN SS4は、Macの画面をもったPC98のような雰囲気だが、
キーボードが使いにくい(余分なキーが付きすぎているので、
幅が狭くなっている)のを除けば、NeXT環境としてはかなり満
足できるものと言える。

  もうひとつの「存在の耐えられない軽さ」は、ISDN問題であ
った。IIJがようやくINS64を使った同期64Kbpsのダイアルアッ
プIPのテストサービスを開始したので、早速IndyのPPP設定を
変えることにした。これまでわたしは、IndyにISDNを直接使え
るソフトがバンドルされているにもかかわらず、TAを介し、
v.110で使用してきた。接続先のIIJが同期64Kのサービスを
開始していなかったからである。
  ISDNのPPPを設定するには、5つのファイルを書くだけでよ
り。すなわち、etc/uucp/Systems、etc/uucp/Devices、
etc/ppp.conf、etc/hosts、etc/resolve.confである。Indyの
よいところは、オンライン・マニュアルがしっかりしており、
それをモニター画面上で参照しながら、見本通りに記述すれば、
大体うまくいく点である。また、夜の8時まで電話でトラブル
の相談にのってくれるテレポートセンターの人たちが非常に親
切で、ある程度のUNIXの基礎知識があれば、Indyの機能を独力
でも使いこなせる態勢がととのっている点だ。
  ところが、今回はすんなりとはいかなかった。設定すべきこ
とをすべてカバーしているにもかかわらず、接続しないのだ。
SGIの人も頭をかかえてしまい、電話とEメールのやりとりがひ
んぱんに続いた。その結果わかったことは、まずIIJの側に問題
があったということだった。IndyのようなUNIXマシーンでログ
インIDの文字数を8文字以内に指定しているが、IIJがわたしに
発行していたIDは9文字あり、Indyが認識できないのだった。
次に、Indy側にも問題があり、オンライン・マニュアルにある
ppp.confの記述例は不十分で、このファイルにはもう少し細か
な記述をしなければならないこともわかった。ちょうどUUCPの
設定の際にSystemsや L.sys ファイルの記述が、決して複雑で
はないが、非常にデリケートであるように、或る種の経験と
〈術〉を要求されるのであった。
  それにしても、テレポートセンターのSさんの対応には感動
した。会社によっては、相手がエンドユーザーとみると、頭か
ら素人扱いしたり、その逆にすぐ逃げ腰になるようなところが
あるが、彼は、わたしの説明に深く耳を傾け、同じ環境をセン
ターのマシーンで再現しながら、検討を加え、ついに問題解決
に到達したのだった。この間、わたしのコンピュータは、〈何
かのため〉の「道具」としては死んでいたが、〈何かへ向かっ
て〉の〈場〉としては、フルに起動し、新たなコミュニケー
ションを生み出したのである。