2001-04-10/粉川哲夫
 

海外から来たジャーナリストから、いま日本で目立つメディア現象は何かときかれた。すぐ口をついて出たのは、「ケータイですね」という言葉だった。
ケータイの普及と流行には、実に日本の社会・文化的特徴がよく出ている。そもそも、外圧に押されて政府がいやいや認可したところから始まったところが日本的である。「自動車電話」という名の移動電話はあったが、手の平に入ってしまういまのサイズのケータイは、モトローラなどの技術を輸出したがったアメリカの外圧なしには普及しなかった。が、一旦始まると、世界のいかなる国でも見られないような猛烈な販売キャンペーンが開始され、またたくまに若者から老年までがケータイを持つようになってしまった。そんなに売りたかったのなら、何でもっと早く政府を動かさなかったの、という疑問は素朴すぎる。「規制は緩和しなければならない」と政府と企業の両方が言いながら、一向に進まないのが日本流だからである。
ケータイは、日本では、個人意識の拡大に役立っている。ある種の個人主義を伸張させたと言ってもいい。かつてわたしは、新しいパーソナルな電子メディアによって拡大される「個人主義」を「電子個人主義」と呼んだが、当時直接の事例にしたのはウォークマンだった。群れたがる若者が、ひとたびウォークマンをつけると、集団の論理などくそすらえの「個人主義者」に成り変わるのに着目し、電子メディアのそういう機能をうまく使えば、いつも「世間体」ばかり気にし、個人では何もできない(従って、個性ある集団性も生み出しえない)「みんな主義」を脱出できるのではないかと思ったのである。
電車に乗ると、ケータイをにぎりしめてメールを読んでいる(多くの場合)女性に出会う。いきなり場違いなメロディが鳴り、バッグからケータイを取り出すひと。しきりに指を動かしているひとは、片手にアドレス帳を持ち、住所のインプットに余念がない。若い乗客で手にケータイを持たない者はほとんどいない。短期間でのこの普及度はいかにも――「みんな」の価値が優先される――日本らしいが、みんなが同じようなことをやりながら、次第にそこから独自の個性が飛び出してくることもあるだろ。もうすこし電子個人主義の行方を見まもろう。
ところで、日本の電車のなかでは、ケータイの使用は「本来」ひかえるべきだということになっている。が、それにもかかわらず多くのひとが使っている。このタテマエとホンネとの分裂も日本的である。
車内では、ケータイが心臓のペースメーカーに悪影響をあたえる可能性があるので、使用をひかえてほしいというアナウンスが流れる。しかし、ケータイを持つたいていの乗客は、電車のなかでケータイの電源を切りはしない。大声で電話をかけるのをひかえるだけだ。もともとの車内アナウンスは、わたしの記憶では、電話をかける声がまわりの乗客に迷惑をかけるからやめましょうといった主旨だった。その流れにペースメーカー云々が加わることによって、アナウンスに重みが出て、大声で電話するひとが少なくなったのだから、それでいいというのは便宜主義的な発想だ。それだと、ケータイの電波がペースメーカーに悪影響をあたえるというのは、ただの口実、脅しにすぎないということになってしまうからである。
ケータイからは、かなり強力な電波が出る。電子オーブンの電波に近い波長の高調波も出る。そして、これが重要なのだが、ケータイは、おとなしくメールや留守番電話センターのメッセージを読んでいるときも同じ出力で電波を発射している。つまり、もし、ペースメーカーへの影響を本当に懸念するのなら、車内でケータイを使うことを一切禁止しなければならないのである。
電波が人体にあたえる影響については、すでに30年以上も議論が続いている。ケータイの電波で脳腫瘍になったとする訴訟が起こされたこともあるが、明確な結論は出ていない。もっと強力な電波ならば、ガンや腫瘍を誘因することがわかっている。わたし自身、マイクロラジオの活動でしばしば小出力の(ケータイより弱い)送信機を使うが、長い時間その電波を浴びていると、翌日はぐったりしてしまうほど疲れる。また、いま流行りのワイヤレスのコンピュータ周辺機器(とりわけワイヤレスLAN)から出る電波を長く浴びていると手の平や体が何となく暖かくなってくる。これは、明らかにミニ「電子オーブン効果」である。
火を燃やして、手をかざしたからといって、やけどをするわけではない。逆に体によい影響をあたえる場合もある。電波の場合も、その種類と強さとあたり方次第だろう。近年、コードレス電話あたりから、なんでもワイヤレスにするのが流行っている。ワイヤレスにすれば、機器と機器とのあいだが電波でつながれ、そのぶん、室内にはより多くの電波が飛びかうことなる。「電磁波スモッグ」の層は厚くなるばかりである。それが、人体細胞に無影響とはかんがえがたい。
最後に、こんなところからも電波が出ているのかということに気づく実験を一つ紹介しよう。FM放送の聴こえるポータブルラジオをあなたのパソコンのキーボードのうえにもってきて、ダイヤルを動かし、ボリュームを上げる。ザーとかキーンとかいう猛烈な音が聴こえるだろう。パソコンも立派な電波発射源である。

(連合 池谷 達)