【修正版】
ネットの世界は街路に似ている。都市が成熟すれば、清潔で安全な街路だけではすまない。きらびやかな通りもあれば、あやしげな大通りもあるというのが成熟した都市の実の姿である。都市は、そのような二面性によってさまざまなものを共存させ、新しいものを生む。
そう考えると、最近の中央官庁のコンピュータへの侵入事件も、管理を厳しくしたり、ガードを固めればよいというような単純な問題ではないことがわかる。厳しい規則が貫徹された街路では、「秩序」は保たれても、人々の交流や創造的な出会いは乏しくなる。
ネットを使っている多くの企業や組織では、不正アクセスやネット攻撃(クラッキング)を回避するための防壁(ファイヤーウォール)を多重に設けているところが多い。今回のような事件にもかかわらず、一般には、そういう処置をする方が普通である。
しかし、それをやりすぎたために、コンピュータの専門会社の社員が、自分の仕事机の上のコンピュータで――いま一番面白いネット放送(ストリーミング)や音声データにアクセスできないというようなことも起こる。家の鍵を厳重にしすぎて、持ち主自身が不自由をするのと同じような笑えない話がいくらもある。
いまホームページで流行の「掲示板」や「チャットルーム」は、クラッカーが侵入する格好の「穴」(セキュリティホール)になりえる。だが、そうだからといって、それらをやめてしまったら、インターネットの双方向性は失われてしまう。
メールの普及ぶりには目を見張るものがあるが、会社からは一切個人的な内容のメールをやり取りしてはならないというような管理を徹底させたら、メールが創り出した新しいコミュニケーションは枯渇してしまうだろうし、明らかに、集団よりも個人単位になりつつある消費市場にも多きな打撃を与えるだろう。
変わらなければならないのは、管理そのものなのだ。個人を十把一からげの集団として管理するやり方が意味をなさなくなったのである。個人に見えないヒモをつけてリモート管理するというのも古い。管理というのなら、個人が自分自身を「管理」するしかないという状況が生まれつつあるのだと思う。
コンピュータにもとづくパーソナルなメディアが、既存の組織や集団の意味を崩しはじめている。私用電話を禁じても、ケータイの使用を禁じることはできない。出来たとしても、あの小さな驚くべき高度なマシーンをポケットに入れておくことまで禁じることはできない。そこで、電波そのものを遮蔽する防壁で武装するというアイデアが浮上するわけだが、これは、まさにテクノロジーの逆説である。進んだ技術を制限して使わなければならないからである。
新しいテクノロジーは、いつも、社会に変革を迫ってきた。蒸気機関や歯車のマシンテクノロジーは、個人が組織や集団にいままで以上の規律をもって帰属することを要求した。官僚組織は、そうしたテクノロジーとともにあった。
電子テクノジーは、個人がそうした組織や集団から離脱し、個人として自律することを要求している。コンピュータを使い、ケータイを持ちながら、どっぷりと古い組織につかったまま仕事することは無理なのだ。
いまほど、個人の自律と自覚が必要な時代はないだろう。自律していない個人は、他者と連帯することもできない。
すでに新しい動きが出はじめている。インターネットは、フリーなブラウザ(閲覧ソフト)によって発展してきたが、その基本にあるのは、オープン・ソース・コードの運動である。プログラムのデータを公開し、自由な改編や組み替えを許し、さらには、それを売買してもよい――ただし、その成果のデータは公開すること。この運動のなかでいま急速に浸透しつるあるOS「リナックス」も作られた。新しいベンチャービジネスも数多く誕生した。この動きは、もはやコンピュータの世界のなかだけにとどまらない。
情報は流れ続けなければならない。閉ざせば、情報ではなくなる。そこには試練もある。代償もある。ホームページが書き替えられたぐらいで驚いていては、電子の街を歩くことはできない。
[ゲラで削除]<<一つのコンピュータが攻撃されたら、別のコンピュータに切り替えること。そして同じ攻撃を受けないたくましさと智恵を身につけ、「ネットワイズ」になることだ。>>
[ゲラで追加]<< 流動する情報のなかでは、最近の不正アクセス騒ぎの報道が、事実上、ネットの規制強化のための「キャンペーン」になるという側面 もある。まさに、したたかでしなやかな知性が要求される時代なのだ。>>
2000-02-13
◆「ネットワイズ」は、今後使われるようになると思いますが、数語で解説するのは、難しいので、さっぱりforgetすることにしました。「ネットの苦労人」では、シブすぎるし、「ネットずれした人」では、あざとい感じがするし、まあ、今後の課題としましょう。
◆この部分をカットしたので、キャンペーン云々の話をつけ加えやすくなりました。<<流動する情報のなかでは、最近の不正アクセス騒ぎの報道が、事実上、ネットの規制強化のための「キャンペーン」になるという側面 もある。まさに、したたかでしなやかな知性が要求される時代なのだ。>>のパラグラフを加筆しました。
◆プロフィルでは、「東京ゲーテ記念館館長」は、それに値しないので、削除。著書には、『もしインターネットが世界を変えるとしたら』、『カフカの情報化社会』、『情報資本主義批判』の3冊をあげておきます。
2000-02-13 4am【追伸】
先程お送りしたFAXのうち、以下の部分を訂正してください。
(1)2ページ:
「そこで、電波そのものを遮蔽する防壁を建物に張りめぐらせるというアイデアが浮上するわけだが、」
の 「防壁を建物に張りめぐらせる 」 の部分を「防壁で武装する」に変更。
(2)3ページ:
「相方向性」という手書きは、「双方向性」の方が普通かもしれません。どちらでけっこうです。
(東京新聞文化部 中村信也)