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イタリア・パラノイア

 ローマ駅の北側にヴィア・デイ・ヴォルシという通りがあり、ボヘミアンや学生がよく集まる。若い活気と放浪者むきの気楽さがあるので、街に出かけると最後にはこの通りのバアやレストランに足が向いてしまうのだった。
 ある日、この通りに面したバアの屋外にあるテーブルでワインを飲みながら日本語の手紙を書いていると、黒い皮のジャンパーを着てパンクっぽいかっこうをした青年が三、四人近づいてきて、わたしの書く文字を興味深げにながめ、仲間どうしで論評をはじめた。こちらは、ちょっと大道芸をやっているつもりになって、大げさな身ぶりでペンを動かすと、彼らはいっせいに声をあげた。
 そのうちの一人が、英語とフランス語をしゃべるので、それからみなでおしゃべりをすることになったのだが、彼らにとってわたしはいつも〈異邦の人〉であったようで、日本についての質問を矢つぎばやに受けることになった。日本の人口はどのくらいなのか、女性は結婚まえにセックスをするのか、フェミニズムは活発か……?
 こんな質問に答えているうちに、わたしはだんだん日本を代表してしゃべることを強制されているような気分になり、また、そんな意識をただよわせているであろう自分がいやになってくる。外国へ来てまで日本の責任を負わされるのはかなわない。日本のことなどわたしにはどうでもよいのだ。
 そこで、わたしは、ついつい、「ところでぼくは、ずっとニューヨークに住んでいるので、最近の日本のことはよくわからないなあ」と言ってしまう。むろん、半分以上ウソである。が、そのとたん相手は、最初にわたしの日本文字を見たとき以上の驚きの表情を表わし、ニューヨークにはたくさん親戚がいると言った。わたしがヴィレッジのブリーカー・ストリートに住んでいたことを告げ、マルベリー・ストリートやカルミネ・ストリートといった有名なイタリア人地区の通りの名を挙げると、「聞いたことがある」と言うので、わたしもすっかりうれしくなってしまった。
 ニューヨークをもち出したことで、われわれのあいだには急に〈緩衝地帯〉が出来、わたしはようやく質問ぜめをまぬがれて、雑多な話がはじまった。彼らがビールを飲んでいるので、「どうしてワインを飲まないの?」ときくと、「好きだからさ」という当然すぎる答が返ってきたが、若者のあいだではビールがはやっているらしかった。
 ヴィア・デイ・ヴォルシを歩いていたときに「サン・ロレンツォ地区」と書かれた文字板を見つけたので、タヴィアーニ兄弟の映画に『サン・ロレンツォの夜』(一九八二)という作品があるが、と言うと、パンク青年は、「あれはここの話だ」と答えた。わたしの記憶では、あの映画の舞台は、ローマ市内ではなく、どこかの郊外か田舎ではなかったかと思ったが、その確信的な身ぶりに、わたしのつかの間の疑問はどこかへ消しとんでしまった。
 この日から数週間後、日本に帰ってきてからも、わたしは、ローマのサン・ロレンツォ地区が『サン・ロレンツォの夜』の舞台であることを疑わず、友人とこの映画の話が出たときには、「あれは、ローマ駅の北側にあるヴィア・デイ・ヴォルシの……」と得々と情景描写をしたりした。パンク青年から話をきいたあと、何度かこの通りを歩き、ピアッツァ・インマコラータにある教会や近くのアパート・ビルと映画のイメージとをダブらせるのを楽しんだ。
 映画では、少女チェチリア(ミコル・グイデッリ)——物語はつねに彼女の視点で撮られている——がアパートのベッドから夜空をながめるシーンが最初にあり、それは、どうもこのあたりの感じはしないように思えたのだが、四十年まえにはもっと建物が少なく、窓から遠くが見わたせたのかと勝手なこじつけをした。ファシストに爆弾をしかけられ、死傷者を出す教会も、ピアッツァ・インマコラータの教会にくらべると少し大きいように思われたが、ここでロケされたのだという思いこみが一切の疑いを遠くへ押しやってしまった。
 むろん、『サン・ロレンツォの夜』の舞台はローマではなく、トスカーナ地方の小村サン・マルティーノである。ローマから帰ってきてからしばらくして、どうもおかしいと思い、パンフレットを見たら、やはりわたしはパラノイアにとりつかれていたことがわかった。
 しかし、考えようによっては、映画はパラノイアの装置である。映像として見えないものを見させるところがおもしろい。
 タヴィアーニ兄弟の映画は、一見非常にリアリズム的な手法を使っているようにみえながら、そこにはつねに〈外〉の世界に対する限りない憧憬がこめられている。『父/パードレ・パドローネ』(一九七七)は、サルディーニャ地方の人里はなれた草原で学校にも行かされずに羊飼をしている孤独な青年が主人公だった。彼が、たまたま通りがかった辻芸人から手に入れたアコーディオンは〈外〉の世界に通ずる唯一のメディアであり、それだけに〈外〉界についての彼のパラノイアは肥大してゆく。彼が、やがて、村の青年たちと外国に出稼ぎに行くためにトラックに乗り、村を去るシーンで、彼と仲間たちは、この村に二度ともどらないと叫び、大地につばをはきかける。これは、この村の閉鎖性を表わしているだけでなく、閉鎖的な空間にとじこめられた者がいかに激しいパラノイアを増殖させるかを表わしている。
 映像は、極めて閉鎖的な空間を観客に強制する。が、その極度の閉鎖性こそが、観客に〈外〉界への限りない空想力をかきたてさせる。
 都市の街路にも、映画と似たようなパラノイアの喚起力がある。ヴィア・デイ・ヴォルシのサン・ロレンツォ地区がサン・マルティーノを妄想させたのも、そうした街路の喚起力のためである。カフカは、プラハの旧市街を歩きながら、『審判』や『城』の世界を妄想した。チェコ事件で弾圧され、大学を追われた哲学者カレル・コシークは、プラハの街路を散策しながら思考することを捨てることができないために、彼の僚友の多くが他国に亡命したにもかかわらず、今日にいたるまで、その恵まれない境遇にもかかわらず、決してプラハを離れようとはしない。
 それは、必ずしも〈プラハへの愛〉ではない。むしろ、プラハが妄想させるものへの愛——これがまさに、都市への愛ではないかと思う。街路を遊歩する者に多様な妄想を生み出させるような都市であり、ニューヨークもローマも、そのかぎりで、「おもしろい」のだと言える。
 フランチェスコ・ロージの『エボリ』(一九七九)に、気になるシーンがあった。一九三五年、反ファシズム活動に加わったために南イタリアの僻村ガリアーノに流刑されたカルロ・レーヴィ(ジャン・マリア・ボロンテ)が、エボリの果てにあるこの——キリストもエボリの先までは行かなかったというほどの——孤立した山村に着いてみると、こんなところにもアメリカ帰りのタクシー・ドライバーや大工が住んでおり、それぞれにアメリカ時代の思い出を維持している。アメリカのポピュラー音楽がきこえてくるのでレーヴィが近づいてみると、男は気さくに「グッド・モーニング」と英語で言い、「ニューヨークのだ」と言ってレコードを見せる。大工を職業にしているこの男は、むかしニューヨークに移民したことがあり、いまでもニューヨーク・スタイルを守っている。家の外壁にペンキを塗り、仕事中もレコードのアメリカ音楽を絶やさない。閉鎖的なこの土地では、そうしたメディアが〈妄想〉させる〈ニューヨーク〉だけが彼にとって唯一の解放空間なのである。
 イタリアには、どの都市へ行っても、どこかにニューヨーク願望のようなものが潜在しているような気がする。それは、第二次大戦後にアメリカ兵がもちこんだ文化の余韻ではなくて、前世紀以来新大陸に移民したイタリア人がもち帰り、また、そこにとどまった親戚たちがたえずフィードバックしてくるアメリカ文化の蓄積である。パドバのような中世以来の古い街路を歩きながらも、ふとそこにニューヨーク的なものを感じることがあるのは、わたしの単なるニューヨーク・パラノイアのためではなくて、イタリアの都市とニューヨークとのあいだで百年以上にわたってくりかえされた移民と帰郷と再移民の身ぶりがその街路に記憶されているからである。
 ヨーロッパからの移民者にとって、ニューヨークはアメリカへの窓口であった。フランシス・フォード・コッポラの『ゴッドファーザーPARTⅡ』(一九七四)の最初の方に、のちのゴッドファーザーとなる九歳のヴィトー・コルレオーネ(オレステ・バルディーニ)が、移民船でマンハッタンに着き、エリス島の入国審査場に入るシーンがある。飛行機旅行が一般化するまで、ニューヨーク港にぽつんと浮いた小さな島のエリス島は、海外からやってくる人々が必ず通過する場所であり、貧しい移民者は、伝染病の疑いがないことがはっきりするまでこの島に数日泊め置かれてから、マンハッタンに上陸するのを常とした。なかには、入国できなくてそこから——目前にマンハッタン島の海をながめながら——ふたたびもと来た国に帰される人々もいた。
 イタリアの街に〈ニューヨーク〉が沈澱している以上に、ニューヨークにはイタリアが存在している。ニューヨークの文化も経済もイタリア人と切り離しては考えることができない。実際に、ニューヨークにはいくつものイタリア人地区があり、リトル・イタリーなどは、イタリアの都市以上にイタリア的なのではなかろうか。文化は、波及すると、その周辺部で最も純粋培養される。
 ブリーカー・ストリートのウェストよりにジョーンズというピゼリアがある。ここは、ウディ・アレンの『マンハッタン』(一九七九)の最初の方に出てくるので、今日ではひどく有名になってしまったが、ヴィレッジの住人たちのあいだではうまいピッツァが食べられることで以前から有名だった。わたしがニューヨークにいたとき、トリノから来た友人にこの店のことを話すと、早速食べに行き、「あのタイプのピッツァは、イタリアではもう見られない」と言った。たしかに、ジョーンズのピッツァは、イタリアのとくらべるとはるかに大きい。街でやっているような切り売りをしないので、一人で食べに行くと食べきれないことが多い。この友人の話では、街のピッツァよりも白い粉を使い、炭火で焼く方法とサイズの大きさは、イタリアでは古い時代のもので、ニューヨークにはたぶん、戦前の移民者がもちこんだのだろうと言う。真意はわからない。一度、ニューヨーク大学の図書館でピッツァの交流史について調べようと思って文献をあさったが大したものは見つからなかった。
 ニューヨークにいると、生まのモッツァレラでもラビオリでも、すぐ手に入りイタリアにいるのと少しも変わらぬ食生活が出来る。それは、ある意味でイタリア・パラノイアを食べることかもしれないが、ニューヨークには身体に対して物理的に作用するような——まさにドラッグのような——パラノイア用品があるわけである。
 イタリア系アメリカ人が作るアメリカ映画のなかには、極めて意識的にそのようなパラノイアに執着している映画がある。マーティン・スコセッシは、ほとんど、イタリア系のアメリカ人しか描かず、舞台も、リトル・イタリーのようなイタリア人居住区を好んで選ぶ(実際に、両親を登場させたドキュメンタリー的な作品『イタリアンアメリカン』という16ミリ・フィルムもある)。そのため、イタリアの監督がイタリアの資本で作る映画以上に〈イタリア的〉なキャラクターが映像化されることになる。
 スコセッシは、すでに『ドアをノックするのは誰だ?』(一九六七)でJ・R(ハーヴェイ・カイテル)という名の青年を主人公とし、リトル・イタリーを舞台とする映画を作っている。J・Rは、貧しいイタリア移民たちが住む街で育った青年で、いずれマフィアのような組織に吸収されてゆくような生活をしている。仕事はせず、バアに仲間とたむろし、酒を飲んだり、ポーカーをやったりする毎日だ。が、ある日、スタテン・アイランド・フェリーに乗り、そこで会った女性に一目惚れする。彼女は、彼がいつもつきあっているセックス・フレンドとしての女友達とは全く異なるタイプで、スコット・フィッツジェラルドの小説やフランス語の雑誌を読んでいる。だから、J・Rは、やがて彼女が処女でないことを打明られると、ひどく落込んでしまう。
 うさんくさい都市ゲットーのチンピラ仲間との世界に、カソリック的な〈聖なる〉モラルへの憧れが対比され、主人公は二つのあいだをゆれ動く。彼にとって街路は肉であり、教会は魂であるかのようだ。家庭と女性はそのあいだを媒介するはずだったが、そんな予定調和はもはや存在しない。媒介は、いまや相克となり、男は、自分自身へのマゾヒズムか女性へのサディズム——いずれも肉体的なものへの暴力——に向かってゆく。
『ミーン・ストリート』(一九七三)は、明らかに『ドアをノックするのは誰だ?』を継承しており、主人公チャーリー(ハーヴェイ・カイテル)は、J・Rの数年後の姿であると言うこともできる。J・Rと同様に、幼いころから厳格なカソリックの教育を受けて育ち、人間はいつか地獄の火に焼かれて死ぬというパラノイアにとりつかれている。ミーン・ストリートとは、日本語では〈うさんくさい街〉のことであり、ロバート・デ・ニーロとエイミ・ロビンソンが好演している仲間——というよりも〈ダチ〉たち——も、このリトル・イタリーといううさんくさい街で、〈聖なるもの〉との媒介を失って肉欲と発作的な暴力の——つまりは魂を失った肉体の自己痙攣の——世界のなかをはいずりまわっている。
 街路と肉体が生み出すパラノイアというテーマは、『ゴッドファーザー』(一九七二)以来数多く作られたマフィア映画の根底をなすものだが、スコセッシは、もっと街路と肉体の本質に肉迫しようとする。すでに、フィルム自体が街路的かつ肉体的性格をもち、街路や肉体に劣らずパラノイアの渦動装置なのだが、スコセッシにおいては、これら三者がたがいに相乗効果を働かせる。『タクシー・ドライバー』(一九七六)が、ニューヨークという都市の〈俗なる〉(つまり〈聖なるもの〉から限りなく隔てられた)街路が生み出すパラノイア(映画はすべてデ・ニーロが演ずる主人公トラヴィス・ビックルの妄想である)をあつかっているとすれば、『レイジング・ブル』(一九八〇)は、まさに肉体を栄光のパラノイア渦動装置としてのみ用いざるをえないボクサーの名声と没落を美しく、そして冷酷に映像化している。
 おそらく、このようなパラノイアは、カソリックの呪いというよりも、そもそも〈聖なるもの〉を忘却することによってのみ成りたつ都市と肉体の定めであろう。教会や家庭はかつては、そのようなパラノイアの過剰な暴走を防ぎとめるメディアになりえたかもしれないが、近代テクノロジーは、教会と家庭からそのような機能を奪ってしまった。だからこそ、映画は、そのようなものに代わって、映画館という都市の一つの特殊空間のなかでつかの間パラノイアを思いっきり亢進させ、そうすることによってその暴走をくいとめる機能を果たしうるのだ。スコセッシにとって、彼の映画は、教会や家庭、さらには生身の肉体——それはいまや電子メディアで武装しなければならぬほど変質している——の代わりをつとめるはずのものなのだろう。
『キング・オブ・コメディ』(一九八三)で、またしてもデ・ニーロが演ずる主人公が、最終的にパラノイアの餌食にならずに済むのは、彼のパラノイアが、ジェニー・カースン流のテレビ芸人になりたいというパラノイアをいだいていたからだろう。街路と肉体のパラノイアは、街路や肉体をふだんと異なるやり方で独占することによってしずめるしかないが、テレビは、パラノイアをいくらでも吸収するからである。『タクシー・ドライバー』の主人公も、自分がマス・メディアの英雄になるということを空想することによって街路のパラノイアから逃がれることができた。『レイジング・ブル』の主人公も、考えようによっては、肉体のパラノイアに押しつぶされることをまぬがれている。彼が、二十代から三十代にかけてのボクサーとしての栄光を失ったのち、フロリダのナイト・クラブ経営者になり、ぶよぶよにふとった肉体で芸人まがいのことまでやっているとはいえ、彼は、芸能——肉体に暴力的なやり方でなく距離を置く技術——の世界に近づくことによって、かつての肉体のパラノイアをのりこえているとも言える。
 スコセッシの映画は、家族、仲間、セックス、そして暴力に関するカソリック的な対応のしかたが、意識的にとりあげられ、それが街と肉体の場で鋭く映像化されている。彼の映画は、いわばニューヨークの街路とそこに生きる者にくいこんだイタリアの亡霊の形象化であり、イタリア系アメリカ人によるイタリア映画なのである。
 映画は、ある意味で亡霊をどこにでも吹きこむことのできる装置であるから、もしアメリカの亡霊とでもいうべきものがあるとすれば、それがイタリア映画によって形象化されることもありえる。実際には、アメリカ映画は、映画の誕生以来、世界中にアメリカの亡霊を注入しつづけてきた。
 マカロニ・ウェスタンは、そんな亡霊の形象化の一つであり、その場合、たとえば一九五〇年代にテレビの西部劇シリーズ『ローハイド』のスターだったアメリカ人俳優クリント・イーストウッドが、イタリアに渡って『荒野の用心棒』(一九六四)や『夕陽のガンマン』(一九六五)等に出演し、マカロニ・ウェスタンの地盤を作ったプロセスの経路をたどってみるのもおもしろいが、それ以上に、これらの作品を監督した〈マカロニ・ウェスタンの巨匠〉セルジオ・レオーネがマンハッタンを舞台にした『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(一九八四)を作ったことの方がおもしろい。
 この作品は、一九二〇年代のマンハッタンの貧民街で少年時代をおくり、街のチンピラからやがて本格的なヤクザになってゆく若者たちに焦点をあて、そのうち最後までアンダーグラウンドの世界に生きるヌードルス(ロバート・デ・ニーロ)と財政界の大物にまでのしあがるマックス(ジェイムズ・ウッズ)とを対照させている。おもしろいのは、これまでアメリカ映画が安易なまでにくりかえしてきたマフィア映画を暗に批判するかのように、似たような道具だてと環境を使いながら、マフィアではなくユダヤ人のギャングを登場させている点だ。
 マカロニ・ウェスタンとアメリカの西部劇とのちがいは、前者では、後者にはあった〈正義〉というような観念的要素がすっかりそぎ落とされ、金と力と欲望をむき出しにした極めて唯物主義的な世界だけが存在する点だ。これは、ヨーロッパ人がアメリカ文化を〈唯物主義的〉と言って非難するところのものであるが、実際のアメリカは、六〇年代になっても戦争を〈神聖〉化するほど観念的なものにとりつかれていたのだから、唯物主義的なアメリカというのは、ヨーロッパ人がアメリカに対していだくパラノイアにすぎない。従って、セルジオ・レオーネは、『荒野の用心棒』でイタリア人のアメリカ・パラノイアを形象化したのと同じやり方で、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』においてニューヨークのゲットー社会にアプローチしたと言うことができる。それには、マカロニ・ウェスタンがロケ地としてスペインの山岳地帯を選んだ(これは便宜的な理由もあったが)ように、イタリア人マフィアではなく、ユダヤ人ヤクザを登場させる必要があった。
 異教徒がいだくユダヤ人像は、金のためには手段を選ばない唯物主義者である。演劇や映画は、これまでそうしたユダヤ人像を数多く描いてきた。むろん、それは、異教徒のユダヤ人・パラノイアである。しかし、あらゆるパラノイアが単なる空想ではないように、アメリカ史を唯物主義的に描くことは、アメリカの一層の真実を鋭く照らし出す。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』は、マフィア映画よりもはるかにリアルに、アメリカの歴史の一端が暴力と殺しと強姦によって形づくられてきたことを描いている。
 そこには、スコセッシがロワー・イースト・サイドの街路にいだいたようなパラノイアもないし、その街路に蠢く肉体をおそうパラノイアもない。街路は弱肉強食の盗みと殺人が横行する場であり、クリーム・ケーキを一つもらえば誰とでも寝る少女がいる。この肉体は、一種の交換装置であり、もはやパラノイアを渦動させることはない。男は、欲しいものを奪い、おそってくるものを倒す。この肉体も一種の反射装置である。
 パラノイアは、決して現前することのないものへの意識であり、〈ケなるもの?誤植〉ヨの超越であるが、レオーネにとってアメリカはそのようなものが完全に欠落した世界である。だから、アメリカ的な〈パラノイア〉とは、一億ドルを手に入れたら十億ドルをというように段階を追って増殖する欲望にすぎないし、名声というパラノイアにもハリウッドやブロードウェイでの成功というように具体的な目標がある。ヌードルスの愛——というよりも交換の欲望——をふり切って女優の道を歩むデボラ(エリザベス・マクガバン)にしたところで、彼女の〈パラノイア〉は、ハリウッドの女優になることなのだ。
 自殺を演出し、名を変えて数十年後には財政界の大物になりかわるマックスにくらべればはるかにロマンティックなヌードルスのパラノイアも、所詮は、この映画の最後のシーンがアヘンで誘い出された彼の笑い顔のストップ・モーションで終わるように、薬物がその交換作用によって生み出す反応にすぎないのである。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』は、ロワー・イースト・サイドからパラノイアを一掃した。ただし、それは、スコセッシがリトル・イタリー(ロワー・イースト・サイドの一部)にパラノイアを充填したことと相補的な関係になっており、それと対立するものではない。いわば、アメリカ文明が〈アメリカ的な平等主義〉という名の全国的なパラノイアによってロワー・イースト・サイドの個別的なパラノイア(この都市の最初のパラノイアはインディアンの部族の数だけあった)を均質化しようとするのに対して、スコセッシは個別〈イタリア〉的なパラノイアを強化することによって抵抗し、レオーネは、アメリカ的平等主義のまやかしの〈聖〉性の仮面をひっぱがし、それを物質主義として単純化することによって、ロワー・イースト・サイドから一切のアメリカ的平等主義や〈正義〉の文化を一掃する。
 傾向的に言って、アメリカ映画は、つねに全国的——さらには地球的——規模のパラノイアを作り出そうとする。そのため、アメリカでは個別民族的であることが、このような全般化状況との関係で、パラノイアの積極的な側面を引き出させることになる。全国的なパラノイアは、現状を忘却させることに役立つだけだが、個別的なミクロなパラノイアは、権力のつくり出す像に細いビームを投射し、やがてはそれをうちくだいてしまう。
 ニューヨークという都市は、ニューヨーク・パラノイアを渦動させる街路をもっているが、そこには街路の数だけ個別的なパラノイアがあり、ザ・ニューヨーク・パラノイアというような全般的なものはありえない。これは、イタリア映画というものが便宜的な概念としてしか通用しないのと似ている。イタリアの都市にも街路の数だけパラノイアがあるうえに、映画資本はアメリカほど巨大ではない。だから、イタリア映画は、個々のパラノイアの個別性を破壊せずに、それを映像のパラノイア渦動装置にひきこむことができる。それは、それぞれに別々の——そして異なる時代の——ローマの街路のパラノイアをあつかっているフェデリコ・フェリーニの『ローマ』(一九七二)、ベルナルド・ベルトルッチの『暗殺の森』』(一九七〇)、エットーレ・スコーラの『特別な一日』(一九七七)をくらべてみればすぐわかることだ。
 このことは、イタリア映画で描かれる肉体が、(傾向的な意味での)アメリカ映画にくらべていかに個別的であって、あまりステレオタイプ的であったり、典型的であったりすることがないということを説明するだろう。
 かつてマルコ・フェレーリは、『女王蜂』(一九六三)で〈母性的なイタリア女〉という像を、そして『最後の晩餐』(一九七三)で〈セックスが好きで大食いのイタリア人〉という像を意図的に誇張することによって、ステレオタイプ的・典型的なパラノイアというものがいかに権力的なものであり、破壊的なものであるかをすさまじい迫力で描いてみせた。ここでは、登場人物は、みな誰でもがよく知っている性と食の典型的な身ぶりをくりかえしているにすぎないが、それだけが抜き出されて強調されるために、登場人物は〈典型的なイタリア人〉のわくをふみこえてしまう。彼らは、生きるためにセックスし、食べるのではなく、死ぬために——あるいは現前するものをすべて超えるために——セックスし、食べ続けるのである。ここでは、肉体は、交換装置としての側面を一切失い、もっぱらパラノイアの渦動装置になってゆく。
 フェレーリにとって、たとえばファシズムのような集団的なパラノイアというものは存在しない。それは、パラノイアとは逆の——むしろパラノイアを統合し組織化した——権力である。『ありきたりな狂気の物語』(一九八一)では、フェレーリは、アルコールとセックスにしか関心がないかのようなビート詩人(ベン・ギャザラ)を主人公にし、その〈ありきたりな〉パラノイアをむしろ〈聖〉なる唯一的なパラノイアにまで高めている。西海岸の大味なハリウッドの街路も、フェレーリの手にかかると、ニューヨークのロワー・イースト・サイドのようなうさんくさい個性を帯びはじめる。
 パラノイアを惹起し、渦動させない街路も映画もつまらない。イタリア映画とイタリアの都市の街路は、つねにそのような装置であったし、これからもそうであり続けるだろう。たとえ、イタリアの映画と街路が〈アメリカ化〉され、もはや唯一的なパラノイアの渦動装置ではなくなるとしても、イタリア系アメリカ人のアメリカ映画が、この〈狂気〉の伝統をひき継ぐだろう。ヴィヴァ・イタリアーノ!
[サン・ロレンツォの夜]前出[父/パードレ・パドレーネ]監督・脚本=パオロ・タヴィアーニ、ビットリオ・タヴィアーニ/出演=オメロ・アントヌッティ、サベリオ・マルコーニ他/77年伊[エボリ]前出[ゴッドファーザーPARTⅡ]前出[マンハッタン]前出[ドアをノックするのは誰だ?]監督=マーティン・スコセッシ/                      [ミーン・ストリート]監督=マーティン・スコセッシ/脚本=マーティン・スコセッシ、マディク・マーティン/出演=ロバート・デ・ニーロ、ハーベイ・カイテル他/73年米[タクシー・ドライバー]前出[レイジング・ブル]監督=マーティン・スコセッシ/脚本=ポール・シュレーダー、マディク・マーティン/出演=ロバート・デ・ニーロ、キャシー・モリアーティ他/80年米[キング・オブ・コメディ]前出[ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ]監督・脚本=セルジオ・レオーネ/出演=ロバート・デ・ニーロ、ジェイムズ・ウッズ他/84年米[ローマ]監督=フェデリコ・フェリーニ/脚本=フェデリコ・フェリーニ、ベルナルディーニ・ザッポーニ/出演=ピーター・ゴンザレス、ブリッタ・バーンズ他/72年伊[暗殺の森]監督・脚本=ベルナルド・ベルトルッチ/出演=ジャン・ルイ・トランティニャン、ドミニク・サンダ他/70年伊・仏・西独[特別な一日]監督・脚本=エットーレ・スコラ/出演=ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ他/77年伊・仏[女王蜂]前出[最後の晩餐]前出[ありきたりな狂気の物語]前出◎85/ 5/ 4『イタリアーナ』




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