H・K氏のレコードさばき

     ハーヴェイ・カイテル氏は、棚からLPのジャケットをサ
っと引き抜くと、一寸も無駄のない指さばきで盤を取り出し、
両手の間でくるりと回しながら盤面を調べた。すでにカウンタ
ーのところに立てかけられたジャケットにはソニー・ロリンズ
の顔が見える。そして次の瞬間、バーニー・ケッセルのギター
とからみあったロリンズのイントロが店内に流れはじめた。
    ときは、一九六四年夏。ところは、渋谷百軒店(ひゃっけ
んだな)を上がって、左に折れた一角。「ブルーノート」とい
うジャズ喫茶での出来事である。むろん、まだ『ミーン・スト
リート』も『タクシー・ドライバー』も作られていなかったか
ら、”ハーヴェイ・カイテル氏”というのは、あとからわたし
が勝手につけた名前である。映画で初めてハーヴェイ・カイテ
ルの顔を見たとき、すぐに思い浮かんだのがこの「ブルーノー
ト」のマスターの顔だった。
    当時、百軒店のこの一角には、DIG、ありんこ、スウィン
グというジャズ喫茶があったが、一九六四年のある日、スウィ
ングのすぐ一軒隣に突然、「ブルーノート」という新しいジャ
ズ喫茶が出現した。ニュージャズに心酔していたわたしは、も
っぱらDIGに通いつめていたのだが、ジャズの新しい店が出来た
となると、気になる。それに、その店は、ほとんどDIGの真向か
いなのだ。
    入ってみると、ほかの店にくらべてやけに音がよかった。
それもそのはず、狭い店内に大きなウーファー(低音スピー
カー)がどーんと置いてある。ツイター(高音スピーカー)
も複雑に配置してある。そして、ハーヴェイ・カイテル氏の
目にもとまらぬレコードさばき。かかるレコードは、わたし
の好みからするとオーソドックスすぎるのだが、奇妙な魅力
のある店だった。
    この時代のジャズ喫茶というと、座席は向かい合いにな
っていても、客はみな単独者としてあり、無言でジャズを聴き、
本を読んでいた。わたしも、DIGではそうであったし、そこで
ずいぶん本を読み、思いつきをノートに書きつづった。常連で
も、店の主人と大声でしゃべったりはしないし、とにかく、奇
妙なコミュニケーション空間だった。そのくせ、向かいに座っ
た客と知り合いになるということが一度ならずあったのだから、
わからない。一体、ジャズ喫茶ではどういうやり方で人と意志
疎通をはかっていたのだろうか、と思う。
 「ブルー・ノート」には、DIGで知り合った人を必ず連れてい
った。一度あのハーヴェイ・カイテル氏のレコードさばきを見
せたかったからである。実際、連れていかれた人は、みな一様
に驚嘆し、次の瞬間笑い出すのだった。当然、ジャケットが彼
の手に触れてから音が出るまでの時間はあっという間である。
その驚き。が、次の週間、一体何のためにそんなに速くレコー
ドをかけなければならないのかという疑問が浮かび、それがア
プサードなナンセンスに直面したときに似た笑いを誘発するの
である。
 「ブルーノート」は、突如出現したが、消えるのも突然だっ
た。開店から半年もしないある日、「おもしろい店があるよ」
と友達を誘って行ってみたら、閉鎖になっていたのである。
聞くところによると、当時、あのあたり一帯を襲ったレコー
ド泥棒の被害にあい、ハーヴェイ・カイテル氏はすっかり絶望
し、店を閉じてしまったとのことだった。

井上俊子編、思い出のカフェ2、1996年9月3日、
Bunkamura、p82~85